11章-疑惑の死-
言われた通りにアキトの私室でアキトを待つ。
すっかり慣れた部屋でダラダラと過ごしていれば、アキトは一時間ほどで戻ってきた。
「待たせたな」
「いいえー」
ソファでだらけているシオンを咎めるでもなく戻ってきたアキトのことをシオンはじっと見つめる。
「……なんだ?」
「いえ。一応改めて確認しておこうかと」
ソファから立ち上がり軍服の上着を脱いで少しラフな姿になったアキトに歩み寄る。
シオンの意図を測りかねているアキトの金色の瞳を近くで見上げる。
「本当に、大丈夫ですか?」
ブリーフィングルームで投げかけた問いを改めてアキトに向ける。
ここにはアキトとシオンしかいない。
艦長の立場から気丈に、冷静に振る舞う必要はなく、もちろん誰かの目を気にする必要もないこの場所で、改めてアキト・ミツルギというひとりの人間の心に問いかける。
「……お前は、妙なところで心配性だな」
ふっと笑ったアキトの表情と瞳を見つめて、シオンは肩の力を抜いた。
「本当に大丈夫みたいで安心しました」
「ああ。さっき話した通り、ちゃんと受け止めた上で前を向いてるよ」
「そいつぁ何よりです」
ブリーフィングルームという人目のあるところでは取り繕っている可能性も捨てきれなかったが、ここでも迷いなく大丈夫と答えられるのなら問題はないのだろう。
「それにしても、俺が大丈夫じゃないって言ったらどうするつもりだったんだ」
「そこはまあ……抱きしめて胸を貸してあげるとか添い寝してあげるとかとにかく慰める方向で」
「気持ちは嬉しいが男同士でやることじゃねぇな」
「このご時世男同士でも問題ないでしょう。まあ、女性に慰めてほしいっていうならちゃんと女体化してお相手しますが」
「冷静になるとそれができるっていう事実がおかしいんだよなぁ……」
シオンがだらりとソファに座れば、アキトもアキトで上着を適当に放ってソファにどかりと腰を下ろした。
「冗談はさておき、随分と心配をかけたみたいだが……俺はそんなに頼りないか?」
「そういうわけじゃないですよ。……この手の状況なら、俺は身内なら誰だって心配しますから」
「誰でも?」
「誰でも、です」
どれだけ相手が精神的に強そうな人間であったとしても、シオンはこの状況なら確実に心配するだろう。
「だって、亡くすのは辛いでしょうが」
ぽつりとこぼしたシオンの本音にアキトはわずかに目を見張った。
「……悪い。お前にとってこの手の話題は軽いものじゃなかったな」
「謝らなくてもいいです。ただ俺はそういうのがすごく辛いから他の人も心配になるってだけですから」
アキトは申し訳なさそうにはしつつも、それ以上この話題を続けることはしなかった。
わかってはいたが気を遣わせてしまったようでむしろこちらが申し訳ない。
「とにかく、アキトさんも大丈夫ってことなら話を進めましょう」
「ああ。お前が話したいのは、ゴルド最高司令官のことでいいな」
「その感じなら俺の言いたいこともわかってそうですね」
アキトはそれにイエスともノーとも言わないが、シオンはわかっている前提でさっさと話を切り出す。
「正直な話、本当に亡くなったと思ってます?」
シオンの問いに五秒ほど黙ってから、アキトはただ「わからん」と言った。
「実際のところ何があったかはほとんどわからねぇ。確実なのは襲撃があったことと戦艦や護衛の軍人たちも含めて丸ごと最高司令官が消息不明になったことくらいだ」
アンノウン誘導装置が使われたらしいことは事実。
救難信号や広域通信での救援要請があったのも事実。
駆けつけた救援部隊が何も見つけられず、戦艦のものと思しき残骸を多少回収しているというのも事実。
それらの事実からはアンノウンの襲撃を受けてクリストファーと護衛部隊が全滅したと容易に推測することができるが、確固たる証拠としては弱い。
とはいえ他にクリストファーや護衛部隊全員が消息を絶つ理由もないのだからこの説が最有力になるのは自然なことで、シオンだってもっとクリストファーとの関わりの少ない立場であればそのように判断していたと思う。
しかし、つい数日前に「策がある」と自信ありげに話していたクリストファーの姿を思い浮かべると、どうにも死亡したというのが信じられない。
「俺の個人的な意見としては“死んだふり”の可能性があるんじゃないかって思ってます」
それなりに突拍子のないことを言った自覚はあるのだが、アキトはそれをすぐには否定しなかった。
その時点でアキトも多少は似たようなことを考えているということなのだろう。
「言いたいことはわかる。死んだふりをすれば暗殺の対象から外れるし、その後の人類軍内部の情勢を観察すれば暗殺の黒幕を炙り出すことだってできるだろうからな」
「ですよね」
「ただ……どうやってやったのかが問題だ」
クリストファーが死んだふりをしたのだと仮定して、どうやって消息を絶ったのか。
少なくとも単純にアンノウンたちの襲撃を利用して撃墜された体を装っただけでは、さすがに人類軍が発見できないはずがない。
いくら陸を避けて海のど真ん中を移動しているのだとしても大型の戦艦が航行しているとなるとどこかで人類軍の探知には引っかかるだろうし、衛星写真などからあの大きさの船が隠れるのは無理がある。
「潜水艦でもあれば話は別だろうが……」
「って思うと、この間の白い船がものすごーく怪しいんですよね」
水上艦の形をしていながら飛行も潜行も可能であるという特殊な船。
クリストファーが秘密裏に用意していたことも踏まえてかなり怪しい。
「それくらい俺も考えた。だが、先読みして白い船を控えさせていたにしろアンノウンの襲撃受けているどさくさの中で戦艦五隻分の人間が白い船に乗り換えるっていうのは無茶だろう」
人間だけを白い船に移動させるとしても、戦艦を海に降ろし、小型のボートを使うなり仮設の橋をかけるなりして人員を移動という手順を取る必要がある。
言葉にすれば簡単だが、各戦艦にはざっと一〇〇人以上は搭乗しているのだ。
その人数の移動を五回行うとなればどれだけ準備をしていても簡単には終わらない。
平常時ならともかくアンノウンの襲撃の中であれば尚更無理だろう。
アンノウン誘導装置の反応自体はキャッチされていたようなので、襲撃自体がウソだったということもまずないだろう。
「んーとはいえやっぱりあの人がこうもあっさり死んじゃうとは思えないんですよねぇ」
「それは同感なんだが、これといった証拠もないのに生きてると判断するのはさすがにな」
ふたりとも引っ掛かりは覚えつつも、これ以上はなんとも言えないというのが現状だった。




