10章-クリストファー・ゴルドは微笑む②-
「しかし、そこまでわかっていてそのまま決定を受け入れるのですか?」
やはり今のタイミングでクリストファーの護衛を減らすというのはリスクが高すぎる。
人類軍内部に黒幕が潜んでいることを思えば、上層部の今回の決定もクリストファーを殺すための布石と見る方が妥当だろう。
それをわかっていて上層部の決定をそのまま受け入れるのかというアキトの指摘はもっともなものだろう。
「あまり褒められたことではありませんが、最高司令官としての権限を行使すれば決定を覆すこともできるのでは?」
「いや、それはいけないよ」
クリストファーはアキトの提案にすぐに首を振った。
「もちろん君の言うようなことは可能だが、印象が良くない。それにいつまでもそれを続けるわけにはいかないからね」
最高司令官の権限の行使は、要するに独裁のようなものだ。
権限として存在はするとはいえ、それを使えば人類軍内部はもちろん場合によっては世間からも厳しい目を向けられることになるだろう。
この一回だけで済むのならその選択肢もあるだろうが、いつまでこの状況が続くかわからないことを踏まえると、軽はずみには使えない。
「では、どうされるおつもりで?」
「どうもこうもしないさ。上層部の判断を粛々を受け止めるつもりだよ」
まるでなんでもないことのようにさらりと行ってのけられて一瞬反応が遅れてしまった。
「え? めちゃくちゃ命狙われるフラグ立ってるんですけど?」
「わかっているよ。まあそれはそれとしてなんだけれど……」
何がそれはそれなのかさっぱりだが、クリストファーはシオンたちの困惑など構わずに続ける。
「今回のようなことになってから、私の命を狙う黒幕とやらが誰かとずっと考えていたんだ。人類軍の関係者であることは間違いないとして、具体的にどこの誰なのだろうかとね」
「それで、心当たりは?」
「それがまあ、ありすぎてもう絞りきれなかったんだよ」
あっはっはと笑っているが決して笑い事ではない。
ただ、実際のところ人類軍も一枚岩ではないのだからクリストファーを邪魔に思う者なんてそれこそ掃いて捨てるほどいるというのはシオンでも想像できることではある。
そしてそうなると黒幕を見つけ出すのは難しくなる。
単純に候補がとても多いのだ。そこから絞り込むとなれば相当骨が折れる。
「その上で、私は少し考え方を変えてみた。……その黒幕はなんのために私を殺す必要があるのだろうか、とね」
「なんのため?」
「さて問題だ。シオン君はなんのためだと思う?」
唐突にクイズのようなテンションで問いかけられ少し戸惑いつつシオンは考える。
「殺したい以上は、邪魔なんでしょう」
「そうだね。じゃあなんで邪魔なんだろうか」
「なんでって……人類軍内部でのパワーゲームの都合とかでは?」
興味がないためそこまで詳しくはないのだが、少なくとも【異界】との戦争に積極的な穏健派と積極的な推進派が人類軍内で分かれているくらいは知っている。
実際には他にも利権だとかの関係でいろいろとあるのだろう。
そしてそういった派閥がクリストファーと違っているから、違う派閥かつ人類軍のトップにいるクリストファーが邪魔、というのがありそうな動機なのではないだろうか。
「そうだね。“自分の意見を通すのに邪魔だから”という理由はありそうだ。しかし、その理由だと必ずしも私を殺す必要はないんだよ」
「と言いますと?」
「人類軍においては最高司令官と言えども多数決には逆らえない。ちょうど今回の件がわかりやすい例になるだろうね」
最高司令官であれば権限はあるしもちろん影響力もあるが、絶対ではない。
そこまでの権力を与えてしまえば、最高司令官の独裁を許すことになってしまうからだ。
「“自分の意見と通す”のが目的なら、多数決で勝てるように仲間を増やしたり手を回したりすればいい」
「確かにそうですが、言葉にするほど簡単なことではないのではないでしょうか?」
「アーノルド君の言う通りではある。けれど最高司令官暗殺なんていう露見してしまえば確実に再起不能になる賭けをするよりはマシだと思わないかい? だったらまだ賄賂や脅迫で仲間を増やす方がいい」
大きな声で言うべきことではないだろうが、実際クリストファーの言う通り仲間を増やすのに悪どい手を使うことはできる。
そして仲間を増やすのに賄賂や脅迫などをするのと、クリストファーの暗殺を企てるのとであれば確実に後者の方がリスクが大きい。
「それに、仮に私を殺したとしても次の最高司令官がまた別派閥の人間だったら意味がないじゃないか」
「確かに……」
それならば悪どいことをするリソースは仲間増やしに使った方が低リスクかつ確実に目的達成に繋がっていくように思える。
「それを踏まえて改めて黒幕について考えてみるんだが、問題の黒幕はそれがわからないほど愚かだろうか?」
「……それは、なさそうですね」
ブチギレたシオンというイレギュラーがいなければ、第一人工島の一件は単なる無差別なテロと見做されて終わっていただろう。
そうなっていればクリストファー暗殺を目論む勢力の存在は露見していなかったはず。
そこまで考えられる人物がより確実でリスクも低い方法に思い至らないとは考えにくい。
「だろうね。そしてここまでの話をまとめると、“自分の意見を通すのに邪魔だから”という理由で私を狙っている可能性がそこそこ怪しくなる」
仲間を増やして多数決という形をとったほうがリスクも低く確実であるし、そもそも単純に暗殺するだけでは黒幕にとって都合のいい展開になるとは限らない。
運が悪ければクリストファー以上に邪魔な最高司令官が新たに爆誕してしまう可能性すらある。
「そして話を一番最初に戻そう。なんのために黒幕は私を殺したいのだろうか?」
「……その感じだと結論出してるんですよね? そろそろ勿体ぶるのやめません?」
なんとなく流されていたが、この調子だとシオンに質問を投げかけた時点でクリストファー自身は彼なりの結論を出していたのだろう。
であれば、わざわざこんな回りくどいことせずにさっさと結論を言ってほしいところだ。
「ふむ。こういうのは若い子に嫌われるんだったか」
「少なくとも俺は面倒なので好きじゃないですねー」
「む、それじゃあ巻きで行こう」
怒るでもなくクリストファーはあっさりとシオンの意見を受け入れた。そして、
「黒幕が私を殺したいのは、最高司令官を変えるためさ」




