10章-仲良し三人組-
≪魔女の雑貨屋さん≫本社から〈ミストルテイン〉に戻ってしばらく。
アキトやアンナなどは〈ミストルテイン〉が基地に停泊していることもあり今頃は今日一日の疲れを癒しているのかもしれないが、技術班であるシオンたちにそれが当てはまるかと言えばそれはまた別問題である。
なまじ試作機たちをそろそろ完成させてしまおうと意気込んでいることもあって、シオンもギルもガブリエラも空いた時間があればその全部をそちらの作業に注ぎ込んでいる状況だ。
ちなみにそれを馬鹿正直に報告した場合、アキトはともかく医療班にブチギレられること必至なためその辺りはおおっぴらにはしていない。
そんな色々とブラックな格納庫での作業の最中のことだった。
「シオンはミランダさんと俺たちが何話してたのか聞かないのか?」
唐突なギルからの問いにシオンは一瞬なんのことかと思ったが、すぐにミランダが彼らにしたであろう内緒話のことなのだと理解する。
「聞いてほしいの?」
「そういうわけじゃねぇけど、ミランダさんはシオンも気づいてるはずだって言ってたぜ?」
内緒話がされていたことに気づいているのにその内緒話の内容が気にならないなんてことがあるのか、とギルは言いたいのだろう。
確かに普通に考えればその内緒話の内容が気になって然るべきであるし、シオンも気にならないわけではないのだが、
「別にいいかな」
「いいのか?」
「わざわざ遠ざけられたってことは俺が知らなくても大丈夫なことなんだろうし、あの人が俺の悪口言うかっていうとそういうこともないだろうし」
どうあれ知らなかったせいで何か悪い方向に向かうということはおそらくない。
であれば無理に聞く必要はないだろうと思っていたので、ギルにこうして話題に出されるまでは割と本気でそういうことがあったのを忘れていた。
それよりもルリアと話したトウヤ関連のことに意識が奪われていたというのもある。
「それでいいんですか……?」
「……もしかして、どっちかというとそっちがそのことについて話したい感じ?」
ふたりの態度はいっそ聞いてくれと言っているかのようにも思えたので指摘してみれば図星だったらしい。ふたりしてわかりやすく顔を背けた。
「じゃあ……ミセスになんて言われたの?」
別に聞く必要はないのだが、このふたりが聞いてほしがっているのなら聞くのが身内にゲロ甘なシオン・イースタルなのである。
ギルとガブリエラによるミランダとの内緒話の説明を受けること数分。
「思ったより恥ずかしいこと言われてた」
「……ん? 今の話に対する感想それか?」
「もっとこう、他にねぇの?」とギルが微妙な顔をしているが、シオンとしてはシンプルに気恥ずかしい。
「だって要するに、俺はギルたちのこと失ったらうっかり世界滅ぼすくらいにギルたちのこと大好きなんだぞーってミセスはお前たちに話したんだぞ?」
「……それは……確かに恥ずかしいな」
「恥ずかしいかもしれないですけど、論点はそこではないんです!」
ギルが丸め込まれそうになっているところにガブリエラが珍しく声を荒げて割り込む。
「私としては、シオンが自覚がないにしてもそこまで危うい状況だったというのがショックでしたし、たったひとつのきっかけでどうにかなってしまうかもしれないというのが心配なんです」
この世に何人か存在している“愛する者”の喪失。
それひとつでシオンがとんでもない魔物堕ちに至るかもしれない。
ミランダの見立てが決して間違いではないというのは、他でもないシオン自身がよく理解している。
ルリアはああ言っていたが、実際のところはトウヤよりもシオンの方が世界にとってはるかにリスクの高い爆弾なのではないだろうか。
「私たちが死んでしまうケースはひとまず脇に置いておくにしても、危うい状態のシオンが今までのように戦いに出るのは危険すぎるんじゃないでしょうか?」
「いや、むしろそっちは全然大丈夫なんだよ。別に魔物の力使って戦ってるわけじゃないし」
そもそも、シオン自身の持つ神子としての力だけあれば戦いには十分なのだ。
これまでヤマタノオロチやファフニールというとんでもない化け物たちを相手にしてきたが、それですらシオンは神子としての力と朱月や〈ミストルテイン〉の人々の協力だけで乗り切っている。
ファフニールのドラゴンの力はまだしも、魔物の力に頼らなければならないような戦いはそうそうあることではなく、魔物の力に手を出さなければ状況が悪化することもほとんどないだろう。
「というか、俺が戦いに出ようが出なかろうがハルマとかガブリエラとかに何かあったらその時点でアウトなんだからむしろ出た方がマシ」
戦場に一緒に出ていれば守れるだろうが、遠ざけられてはそれも難しくなる。
シオンの暴走が怖いというのならむしろ戦いには率先して出してもらいたいところだ。
「(ぶっちゃけ俺の暴走リスク下げたいなら、戦場から遠ざけるべきは俺以外だし)」
シオンが暴走することになるとすれば、その原因になるのはシオン自身の制御失敗よりも、“愛する者の喪失”による精神的ダメージの方になるのはほぼ間違いない。
であれば、“愛する者”たちを安全なところに置いておくほうが効果は大きいのだ。
ドラゴンの力までゲットしてバケモノ感の増したシオンが単騎で飛び出して力任せに全部吹き飛ばす。
というゴリ押し戦法が実は一番低リスクだったりするのだが、ガブリエラにそれを言ってしまうと悲しませる予感しかしないので自重する。
「(アキトさんに話したら拳骨確定だし)」
拳骨は始まりに過ぎず、これまでの付き合いにおいて最大級のアキトのブチギレを体感することになるのは間違いない。
だからシオンは決してこの最善策を誰にも伝えないだろう。
「なあシオン、ひとつちゃんと聞いておきてぇんだけどさ」
ガブリエラがシオンに何も言えないでいると、ここまで黙っていたギルがやけに真剣な声で言った。
シオンはその真剣さに少し驚いてから、視線だけで続きを促す。
「もし俺が死んだら、お前は本当にミランダさんの言ってたくらいに悲しいのか」
「もちろん」
ギルの質問にシオンは即答した。
我ながら重いとは思うが、紛れもない真実なのだから今更隠すことでもない。
それに、人伝ての話ではなくシオン本人の答えをわざわざ求めた親友にウソをつくわけにもいかないだろう。
「そっか。俺ってすげー愛されてるんだな」
「……今のをその程度の反応で済ませられるギルって大概変人だよね」
「別にそんなことねぇと思うけど」
「私もギルと同意見です」
ギルが徐に肩を組んでくる反対側からガブリエラが静かにシオンの手を握る。
「大切な人を亡くして深く悲しむのは決しておかしなことじゃないです。……シオンは力ある者だからそれに大きな結果が伴ってしまいますけど、その思い自体は、ただ相手のことを深く愛しているというだけのはず」
「だから、自分の思いを悪いものみたいに言わないでください」と少し涙声で言われてしまって、シオンは慌ててしまう。
「シオンがガブリエラ泣かせたー」
「わ、悪かったって。この話題で泣かすことになるとは思わなくて……」
その上シオンは人の慰め方なんてものをまともに知らない。
助けを求めるようにギルを見れば、彼はひとつため息をついてからシオンごとガブリエラを勢いよく抱き込んだ。
三人でぎゅうぎゅうとくっついているという謎の状態になってしまったが、ガブリエラはそんな状態に少しだけ笑ってくれた。
「おーいそこの三人。何わちゃわちゃしてんだ」
「ギル先輩、俺たちすげー仲良しすよ!」
「ええ、そうですね。私たちは三人とも大の仲良しです!」
そんなことを言われてしまうと捻くれ者のシオンは気恥ずかしいばかりなのだが、実際のところこのふたりはシオンにとって大切な存在なのだから否定もできない。
こうなればもうなるようになれとばかりにシオンもまた腕を広げてギルとガブリエラをまとめて抱きしめたのだった。




