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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
2章 南米共同戦線
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2章-母なる宝珠①-


シオンがアキトによる監視のもと≪母なる宝珠(マザー・スフィア)≫に連絡を取る。


そう決まった後、アキトたちは艦長室から格納庫へと移動していた。


「何しに来たんだテメェら」

「ちょっと広い空間が必要でして……格納庫の端っこ使ってもいいですか?」

「俺たちの邪魔さえしなけりゃ好きにしろ」


そもそも十三技班も今日は強制的に休みを与えられているのだが、基本的に技術オタクと呼ばれるタイプの人間が揃っている十三技班の多くは格納庫に集まっている。

おそらくこういった業務外の時間に作業用のはずの〈ビックアームⅢ〉が武装たっぷりの〈サーティーン〉に化けるという珍事が起きたのだろうとアキトは予想している。


「というか、格納庫の隅っこで何するんすか?」

「えっと、魔法による世界規模、複数人同時のリアルタイム通信?」

「何それおもしろそう」


シオンとカナエの会話を聞いていたのかわらわらと格納庫内にいた十三技班の面々が集まってくる。

技師という生き物は基本的に好奇心旺盛だ。

自分たちにとって未知の領域である魔法を使うところが見られるとなれば、それは当然興味を示すに決まっているだろう。


ミスティが集まってきた技師たちを散らそうとしたが、結局彼女の言葉を聞く者はおらず。アキトも無理に彼らを追い払う必要を特に感じなかったこともあって無数の野次馬に囲まれたままということになった。


「それじゃあまずは……」


シオンは野次馬たちに距離を置くように指示を出してから開いたスペースに体ごと向き直る。すると彼の影が不自然に動いて体が向いている方向へと広がった。


続けてその影が水面のように波打ち、白い円筒形の物体が姿を見せる。

まるで水面から飛び出してきたかのように現れた物体は一メートルほどの長さがあるが、まだそれで全部というわけではないらしい。

それを見て「これだからデカいのは出しにくいんだよ……」とぼやいたシオンが円筒に向けて両手をかざし、何かを引っこ抜くような動きで勢いよく腕を振り上げる。

瞬間、その動きに合わせたように円筒の全体が影から飛び出し、勢いあまって二メートルほどの高さまで達する。


「……あ」


そしてシオンの間抜けな声の直後、勢いのまま弧を描いて飛んだ円筒形の物体は野次馬の技班員をふたりほど下敷きにした。


「「「衛生兵《メディィィィック》!!」」」

「大丈夫ですよー。結構柔らかいしそんなに重量もないですから」


叫ぶ技師たちに軽い調子のシオン。

繰り広げられる茶番に反応に困るアキトたちだが、十三技班の人々は慣れているのか下敷きにされたふたりは自らはい出てきているし、その無事を確認した他の面々もあっさりと野次馬に戻った。


その間にシオンが軽く横に腕を振れば円筒形の物体がコロコロと横に転がり、広がっていく。

円筒形の物体は正体はマットのようなものだったらしく、白く表面が丸みを帯びた突起で覆われている三メートル四方ほどの広さに広がる。

硬めのゴムのようなものでできているのか、シオンの言う通り硬さも重量も大したことはなさそうだ。


「……これはなんなのですか?」

「魔法陣を描くのに便利なマットです」

「白の無地のようですが」

「そりゃあ今から陣を書くんですから当然ですよ」


ミスティの質問に答え終えたシオンは続けて懐から黒いビーズのようなものが詰まったビンを取り出した。

ビンのふたを開けて中身に向かって手をかざし、ゆったりと動かせば、それに導かれるように中のビーズが宙を舞う。


サラサラとした黒い帯のようなビーズの集合体はシオンの手の動きに合わせて白いマットの上に落ちると、無数の突起の隙間を縫うように広がっていく。

途中ひとつの帯から枝分かれしたり、弧を描くように曲がったりと複雑な動きを繰り返すこと二分ほど。

白いマットの上には複雑な紋様がはっきりと描かれていた。


「なるほど、ビーズで魔法陣の線を書くのね……」

「はい。これならマットの上を歩いても線を消しちゃったりする心配もないし、しまうときもビーズ回収してマット畳むだけなので楽なんですよ」

「確かに便利だけど、ビーズはともかくよくこんなマット売ってたわね」


ゴムかシリコンかはわからないが、白いマットは無数の突起に覆われているので直に足を着けようものなら確実に足裏を刺激されて痛い。

靴で歩いた場合でも靴裏の汚れなどがマット上に落ちてしまう上に突起のせいでそれを掃除するのも難しそうだ。

家に入る前に泥を落とすマット、言われればそうも見えなくもないが実生活で使うサイズでもないので普通に売っている代物だとは考えにくい。


少なくともアキトやアンナはそう思ったのだが、シオンはきょとんとした顔で首を傾げた。


「別に、普通に通販ですけど? 黒いビーズもセットで?」

「は? どこの家具メーカーがそんな妙な組み合わせをセットで売るのよ」

「家具メーカーっていうか≪魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫で買ったので」

「「≪魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫?」」


アキトとアンナの声が見事に重なった。

それに対して「あ、そういえば説明してなかったですね」と納得顔のシオン。


「≪魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫っていうのは≪母なる宝珠(マザー・スフィア)≫設立にも一枚かんでる大きなコミュニティのひとつで……要するに人外向けの大手通販会社ですね」

「すまん。もう一回言ってくれるか?」

「だから人外向けの大手通販会社ですってば」


魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫に関してシオンの言っている意味はわかった。しかし脳が理解を拒む。


「人外の社会に通販があるのか?」

「そりゃあ人外だって生活してるんですから買い物くらいします。むしろ人間社会のネット通販とかよりもずっとサービスのレベル高いですからね?」

「金銭を持たずとも物々交換可。特別貴重な品でなければ注文から数分あれば転送魔法で配達してくれるのでな。私たちのような人里離れた土地で金銭を持たずに暮らす人外にも使いやすい」


アキトの中ではいまだにイメージが湧かないのだが、ふたりの反応を見るにそれは当たり前のように存在しているものらしい。


「どうせこの後≪魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫のトップとも話すことになるので、細かいことは後にしておきましょう」

「それ自体初耳なんだが? ……そもそもこの魔法陣は通信のための準備なのか?」


監視下での通信を許可したものの、艦長室では広さが足りなくてできないと言われてここまで連れてこられたに過ぎない。

目の前で行われている準備の正体もアキトたちはまったく把握していないのだ。


「単純に通信するだけなら、さっきの青い宝石片手に意識を≪母なる宝珠(マザー・スフィア)≫が用意してる異空間に飛ばすだけでいいんですけど……そうなると艦長たちにあっちで話してる内容が伝わらないんですよね」

「……貴方にはその方が好都合では?」

「まさか。なんにも後ろめたいことなんてないのにわかんないからって勝手に疑われるなんて面倒じゃないですか」


ミスティの言葉を笑い飛ばしつつ「どっかの誰かさんがすぐそういうことしそうですしね?」と彼女に微笑みかけるシオン。

その言葉が誰を指しているのかわからないミスティではなく、機嫌を損ねた様子で顔を背けた。


「まあそういうわけで、この魔法陣を使って艦長とか近くにいる人間全員に通信内容が聞こえるようにします」

「俺だけ監視できればいいんだが?」

「別に聞かれて困ることでもないし、証人は多めのほうが俺も得ですからね」


アキトだけに証人になってもらうのではなく、多数の証人がいたほうがシオンが人類軍に敵対するようなことをしていないという事実を確固たるものにできる。

だから、あえてシオンは自分に対して特別懐疑的なミスティも含め通信内容を聞かせようとしているのだ。


「それから、なんでもない一般の人外に危機を伝えてもあんまり意味ないし、俺の知り合いの中の人外界隈で有名な人に直接つなぎます」

「そんな人脈が貴殿にはあったのか?」

「とりあえずさっき言った≪魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫のトップ、あとは≪剣闘士の宴(コロッセオパーティ)≫と≪流浪の剣(ドリフテッド・ソード)≫の関係者とか」

「とんでもない人脈ではないか!?」


アキトたちからすれば初めて聞く名前ばかりだが、ハチドリの反応を見るに有名どころなのだろう。


そんな人々に連絡を取るというのにアキトの監視を許したシオンに、疑問が残る。


普段であれば「プライベートに踏み込み過ぎない」という契約を盾に情報を隠すこともするシオンだが、今回についてはそういった素振りがあまりない。

自身以外の人外の情報が漏洩する可能性もあるのだからむしろ普段よりも気をつけるべきだと思うのだが、どうもそんな気は全くないらしい。


「(知られない自信があるのか……知られても困らないということなのか)」


ハチドリもシオンに誘導された部分はあるが自分の目的や≪母なる宝珠(マザー・スフィア)≫の情報をあっさりと口にした。

そういったシオンとハチドリの態度は「知られたところでなんの問題もない(・・・・・・・・)」という自信の表れのように感じる。


サンプルが少ない中で結論を出すべきではないのだが、もしかすると人外側は人類軍のことをあまり警戒していないのかもしれない。


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