10章-魔女との内緒話②-
「――……なんとかなったな」
ロボット掃除機三台、パソコン五台、そして業務用冷蔵庫二台。
順番に修理して最後の冷蔵庫の修理が無事に終わった。
「なんとかなっちゃうあんたってちょっとおかしくない?」
「オイ、修理頼んでおいて引くな」
「だってあんた人類軍の技師でしょ? ロボット掃除機とパソコンはわからなくもないけど、なんで冷蔵庫直せるの?」
「逆にそこまで専門分野把握しておいて俺に冷蔵庫の修理させようとしたのかお前」
「あたしじゃないもん。シオンにお願いするって言い出したのお祖母様だもん」
もんとか言っても可愛くないぞとルリアの頭を軽く小突いてやった。
「正直、お祖母様は機械だったら車も懐中電灯も同じくらいに思ってる気がしてる」
「中世生まれってことを考えたら仕方がない気もするけどさぁ……誰か止めようよ」
ルリアはもちろん、この半世紀くらいの生まれの魔女であればその辺りの区別はちゃんとつくはずなのだが……まあ説明しにくかったのかもしれないが。
何はともあれ、これで頼まれた機械の修理は全部完了した。
これでミランダやアキトたちと引き離された理由の内の二割は片付いたことになる。
「で、残りの三割の話を聞かせてもらってもいいのか?」
道中、シオンにだけ伝えることがあるという話は聞いていた。
であればアキトたちのところへ戻る前にそれを聞かせてもらうというのがここからの流れということになるだろう。
「わかってるわよ。とりあえずまずはこれ」
ルリアはポケットに手を突っ込むと、どう考えてもそのポケットから出てくるはずのないサイズの本を一冊シオンに投げてよこした。
サイズはそれなりであるし厚さもなかなかのもの。しかも昨今見かけない革の装丁の本だ。
「何これ。話したいことの資料とか?」
「いや、それはどっちかというと魔道具」
「なんの?」
「シオンが欲しがってた、封印の」
「……マジで?」
確かにシオンはルリアに魔物堕ちを封印するための器にできる物の確保を依頼していた。
ただそれはいわゆる神器や秘宝の類でなければならず、簡単に手に入る代物ではない。という話だったはずなのだが、なんとルリアはそんな大変な代物を用意した上に雑に放り投げてきたというのだ。
「え、でも本? 本で封印に足る物ってなるととんでもない魔導書とかなんじゃ」
「そこは大丈夫。っていうか厳密に言うとシオンに頼まれたものとはちょっと違うんだけど」
「どういうこと?」
「それ、≪魔女の雑貨屋さん≫の新商品の試作品なのよ」
ルリア曰く、昨今の魔物落ちの復活を受けミランダを筆頭に≪魔女の雑貨屋さん≫内でも実力の高い魔女たちが力を合わせて神器や秘宝の類でなくとも魔物堕ちたちを封じることができる魔道具の開発を行なっているのだそうだ。
「それはまた大きく出たというか……さらっと言ってるけどかなりとんでもないこと言い出したね」
要するに魔女たちの力で太古の昔の神器や秘宝と同等のものを量産しようという話なのだ。
現代にも“神”と呼ばれる人外たちは存在しているが、神器や秘宝を作り出した太古の神々の多くはそれらよりも大きな力を持っていたとされている。
それと同じことをやろうと言うのだから、なかなかに怖いもの知らずである。
「性能を封印に特化させれば案外どうにかできるんじゃないかーってお祖母様も言ってるから多分大丈夫なんじゃないかな」
「まあ、ミセスが言うなら信用はできそうだけど……そもそもテストとかできてるのか?」
シオンの問いにルリアの目があらぬ方向にそらされた。
「テストもしてない代物を俺に押し付けてんのかお前は……」
「だって魔物堕ちなんて会おうと思って会えるわけでもないし! テストなんて失敗したらガチの命の危険だし!」
「俺だって土壇場で失敗したら命の危険なんだが!?」
「わかってるって。だからこれでお金取ろうなんて考えてないしちゃんとした器探しも続けるから」
「だったらなんで急に試作品なんか」
「お祖母様が、シオンたちはあたしたちが器を見つける前に魔物堕ちと戦うことになっちゃいそうだから、気休めだけど試作品を渡しておこうって」
確かに、元々見つけられるかわからない器が見つかるまで次の魔物堕ちの復活がないとは限らない――というかシオンは半ば諦めていた。
ミランダの言っているような状況になるのはほぼ確実ではあるだろう。
「お祖母様、シオンのこと心配してるのよ。……あんたなら、二体目の封印だってためらわないんじゃないかって」
それはまさに図星だった。
アキトは次の封印に〈光翼の宝珠〉を使うつもりでいて、シオンも彼に封印術を教わっている。しかしシオンにとってそれはあくまで最終手段であり、それより先に自分の中への封印を試みるつもりだ。
その辺りの事情はミランダにほとんど伝えていないはずなのだが、彼女にはお見通しだったらしい。
「あたしはお祖母様ほどあんたのこと大事に思ってるわけじゃないけどさ。さすがに二体目とか無茶だって思うし、あんたが死んで少しも悲しくないわけじゃない」
腕を組んでこちらを見るルリアは彼女にしては珍しいほどに真剣な表情だ。
「あんたの頑固さとか愛がクソ重いところとかはよく知ってるけど、やり方はちゃんと考えなさいよね」
「……お前に心配されるとは思わなかった」
「あたしもあんたのこと心配する日が来るとは思わなかった」
不本意だとあからさまに態度に出しつつルリアが鼻息を荒くする。
「……あと言っておくけど、あたしがそんな風に思ったりするってことはナツミなんかはもっと心配してるだろうし、もしもの時は少なくともあたしの十倍は悲しむんだからね! それを絶対に忘れるんじゃないわよ!」
「……わかってるよ、さすがに」
例えわかっていようとも、彼女たちを守るためであればシオンはためらうことなく無茶をすることを選ぶのだろうけれど。




