10章-≪魔女の雑貨屋さん≫本社にて⑥-
しばらく談笑を続けていると、ミランダが唐突に「あ」と声を漏らした。
「そうだったわ。シオン、少しあなたに見てもらいたいものがあって」
「俺にですか?」
「ええそうなの。ちょっと前に一般の会社から買った機械の調子が悪くて……」
「ああ、なるほど」
到着早々ギルやアンナの夢を壊したように、この古城は案外普通に機械が導入されている。
とはいえ、魔女に限らず人外は機械と無縁の暮らしをしていることが多い。
≪魔女の雑貨屋さん≫はルリアのような若い魔女もいるので人外社会で見ればマシな部類ではあるだろうが、機械の故障に強いかと聞かれるとそうでもないだろう。
「シオンは人類軍で機械を扱ってるんでしょ? 少し見てみてもらえないかしら」
「あの、そういうのってちゃんと専門の業者さんに見てもらったほうがいいんじゃ」
「普通なら確かにナツミの言う通りだけど……こんなところに人間の業者さん呼べないんだよね」
「あ、そういうことか……」
ルリアの言う通り、古い雑居ビルに呼ばれたと思ったら何故か文化遺産かと思うような古いお城に繋がっていました、なんてファンタジーな展開に罪のない民間業者を巻き込むわけにはいかない。
専門というわけではないが、とりあえずシオンが見てみるのはありかもしれない。
「えっとアキトさん。ちょっと席外しても?」
一応はアキトやアンナの監視下から離れてはいけない立場なので確認を取る。
それに対してアキトは少し考えてから頷いた。
「ありゃ、ついてこなくていいんですか?」
「いろいろ今更だろ。それに俺たちがあまりこの城をうろつくのもな」
ミランダが歓迎しているとはいえアキトたちはあくまで人間であり、人類軍の人間だ。
そんな人間が≪魔女の雑貨屋さん≫の中枢をうろつくのは確かにあまり好ましくはないのかもしれない。
「わたしはあまり気にしないけれど……ああでも、不慣れな人がこの城を歩き回るのは危ないかもしれないわね」
「危ないんですか?」
「城中にいろいろと魔法がかかってるし、商品開発部の近くを通る時とか運が悪いと妙な魔法が飛んできたりするのよね……例えば、髪の色を紫と白のマーブルにされたりとか」
ルリアの言うような危険があるなら確かにアキトたちはうろつかないほうがよさそうだ。
「シオンひとりでいいのか? 俺も手伝えると思うけど」
「いや、今のルリアの話もあるしひとりで行くよ。無理そうだったら相談するかもだけど」
「決まりね。それじゃあルリア、シオンを案内してあげてちょうだい」
「はーい、お祖母様」
案内役を任されたルリアとシオンのふたりで部屋を離れ、しばらく歩く。
「……で?」
「で? って何よ」
「機械の調子ってのはどこまでが本当の話なんだ?」
確信があるわけではない。ただ少しだけ引っかかったのだ。
「だってさ、別にその気になれば業者呼べただろ?」
魔女たちの手にかかれば業者相手にそれらしい普通に会社の幻覚を見せることくらい造作もないはず。それなのにルリアはその方法を口にせずに呼べないとしか言わなかった。
あの場でそうしたということは、何かしら理由をつけてシオンをあの場から離れさせたかったのだろう。
「うげーやっぱり察しちゃうんだ」
「うげーってお前……」
「ま、こっちも本気で隠し通せるとは思ってなかったしいいんだけどさ。ちゃんと察してギルも置いてきてくれたし」
「あ、でも機械の調子が悪いのも本当ではあるから」と行ってルリアが歩くのにシオンも黙って続く。
「で、目的は」
「真面目に機械見てほしいの二割、シオンだけに伝えることがあるのが三割。で、お祖母様がシオン以外だけに話したいことがあるのが五割」
「うわ、アキトさんたちに何話すつもりなんだあの人」
どっちかと言えばシオンが遠ざけられたという状況らしい。
そうまでしてミランダはいったい何を話すつもりなのだろうか。
「いいの? 今からでも邪魔しに戻れるんじゃない?」
「あのミセスがそんなの許してくれるわけないだろ」
どうせすでにシオンがあの部屋に戻れないように無数の魔術が張り巡らされていることだろう。その気になれば突破できないことはないが、そこまでしてミランダの意に反するメリットもない。
「少なくともミセスが俺とアキトさんたちを仲違いさせるようなことはないだろうし、大人しく思惑に乗っておくよ」
「そうしてくれるとあたしも助かるわ。あんたの足止めとかただの魔女のあたしにゃ荷が重いっての」
ミランダが何を話すか気にならないと言えばウソにはなるが、シオンは大人しくルリアに続く。
「ところで、壊れた機械ってのは?」
「えっと、自動でお掃除してくれるタイプの掃除機三台と業務用冷蔵庫二台とパソコンが五台」
「待て待て待て。普通に業者呼ぶか修理に出そうよ」
「ちなみにこれ全部三日前に商品開発部で起きた爆発の影響ね」
「それ原型保ってる?」
「魔法で見た目だけ新品状態にしたけどうまく動かなくて……」
「さすがに荷が重いんだけど」
空気を読んでギルを連れてこなかったことを深く後悔したシオンだった。




