10章-≪魔女の雑貨屋さん≫本社にて⑤-
「わたしや≪魔女の雑貨屋さん≫のことはこんなものでいいでしょ? 和平のことも現状話せることは少ないし……そういう堅苦しい話は置いておいてシオンやガブリエラさん、〈ミストルテイン〉のみなさんのことをもっと聞かせてほしいわ」
つい数秒ほど前までのどこか恐ろしい振る舞いを引っ込めたミランダは打って変わって無邪気な様子でシオンにそう尋ねてきた。
元々シオンの近況報告やガブリエラの顔見せが目的の訪問だったのである意味メインの話題ではあるかもしれない。
「俺の話は結構最近は報告もしてますし……ガブリエラとか〈ミストルテイン〉の話って言っても……」
「シオンのことだってそういう事務的な報告とかじゃなくて、もっとプライベートなことを聞かせてほしいの」
「プライベートって……」
「最近どんな風に過ごしてるのかとか、お友達のこととか、あとは〈ミストルテイン〉の他の人たちのこととか、なんでもいいの」
「なんでもって……」
ミランダからの要望にシオンはどう対応すべきか悩む。
プライベートなことなので話すのが不味いわけではないが、そもそも何を話せばいいのやらという話だ。
とはいえミランダにここまで頼み込まれて話さないというわけにもいかない。
シオンがうんうんと唸っていると「なるほど」と小さく呟く声がひとつ。
「シオンはこういうの苦手だろうし、俺がシオンの日常を赤裸々に語ってやりましょう!」
「ちょっと待って。ホントちょっと待ってギル」
唐突に妙なことを言い出したギル。
シオンが困っていたのは事実だが、少なくともこの男に任せてはいけないことだけは確かである。
「とりあえずジャブ的なエピソードだと……三日前に分身番号1番のシオンと食堂でラストのドーナツの取り合いになった話とか」
「まあ面白そう!」
「話を聞けやこのバカギル!」
このままでは何をバラされるかわかったものではないと止めに入ろうとするが、それより先にミランダの魔法で動きを封じられてしまった。
「それで、その分身との喧嘩は最終的にどうなったの?」
「それが、散々言い合った挙句、その隙に横から現れた2番にドーナツ掻っ攫われたんですよシオンのやつ」
「今思い出してもあの時の2番の動きは鮮やかでした……」
「え、ガブリエラも参戦しちゃうの!? なんで!?」
おそらく悪意などではなくミランダへの善意と天然によるものなのだろうが、予想外の敵の登場にシオンは驚く。
さらには面白がったルリアまでもが参戦してしまい士官学校時代のあれこれまで面白おかしくミランダに語られてしまうことになってしまった。
――十五分後。
「いくらミセスの拘束とはいえ解除にここまでかかるなんて……それにまさか“天つ喰らい”まで封じてくるとは……」
「それでも解除できただけで十分すごいわよ?」
すごいと言いつつもミランダはそこまで驚いた様子はない。
ちなみにギルとルリアには拘束解除と同時に脳天に百科事典を落としてやったので今は痛みに悶えて沈黙している。
「なんでガブリエラには落とさないのよ……」
「それはほら、なんとなくわかるだろ」
「言わんとすることはわかるけど……女の子の頭に百科事典落とすとかひどくない」
「お前を女の子として扱ったことはないし、この先も未来永劫ない」
ギャンギャンと言い合いをするシオンとルリアの様子にミランダがクスクスと笑う。
「聞かせてもらえたお話もそうだけど、こうして見るとちゃんと男の子らしく過ごせてるみたいで安心したわ」
「それは何よりで……」
「ああでも、欲を言えば恋のお話なんてあってくれたらよりよかったんだけど」
「欲を言い過ぎでは!?」
散々シオンの恥ずかしい失敗その他を聞いておいてこれである。
やはりこういう勝手気ままなところはあのサーシャの母親という感じだ。
「大事なことよ。血は繋がらないけれど感覚的にはひ孫のあれこれにもかかわってくるし」
「気が早いにも程がありません?」
「……まあその辺りは冗談として、実際どうなの?」
ミランダの問いに対してシオンは大きくため息をつく。
「特にありません。この先も予定はありません。……というかこの話昔もしましたよね?」
それは以前シオンがここを訪れた時のこと。
士官学校に入る前のシオンにも彼女は同じような問いを投げかけた。
それに対してシオンは同じように「ない」とも「この先もない」とも答えた。
「あの日以降いろいろあったでしょうし、心境が変わることもあるんじゃないかと思ったんだけれど……」
「残念ですけどそういうのは特にないです」
「あらら」
「というか、この話題この場でするのとっても恥ずかしいので遠慮してもらえません?」
ギルはともかくとして他の同年代もなかなか恥ずかしいというのに、アキトとアンナまでいるとなるととんでもなく気まずい。
「……確かに、思春期の男の子に対してこの状況で話すのはかわいそうだったわね。そのことはまた個別で聞かせてもらうとしましょうか」
「聞かないって選択肢はないんですか……」
「それじゃあ今後はガブリエラさんや〈ミストルテイン〉のみなさんのことを聞かせてもらえないかしら! ギル君、その辺りのこともよければ聞かせてちょうだい」
この場は引き下がってくれたが、この口ぶりだと間違いなく後々電話などで個別で聞かれる。
ギルの話を楽しそうに聞くミランダを視界に収めつつ、そう遠くない未来に訪れるであろう災難にシオンは内心頭を抱えるのだった。




