10章-≪魔女の雑貨屋さん≫本社にて④-
「ところで、ルリアにチラッと聞いたんですけど新事業始めるんですって?」
強引かつあからさまな話題転換だったが、ミセスは特にそれを気にすることなく「あら」と微笑んだ。
「気になるの?」
「まあそれなりに。このご時世にどんな商売始めるのかなーって」
「そう。それじゃあ教えてあげちゃおうかしら」
ルリアが躊躇していたのとは真逆にミランダの判断はあっさりとしたものだった。
「それに、ミツルギさんやガブリエラさんがいるのもちょうどいいからね」
「ちょうどいい、ですか?」
「実はわたしたち、魔装の販売を本格的に始めようと思ってね」
“魔装”とはすなわち、【異界】において機動鎧のような立ち位置にある人型兵器である。
「え、というか、ミセスたちは普通に魔装の存在を知ってるんですか?」
「もちろん昔から知ってるわよ?」
むしろ知らないわけがないだろうというミランダの発言に、アンナとアキトから鋭い視線がシオンに向かった。
「シオン。アンタもしかして、魔装のこと前から知ってたのに言ってなかったの?」
「違います! 俺も魔装って呼び方とか細かい特徴は知らなかったですし!」
疑われてしまっているが、実際シオンが魔装というものをちゃんと知ったのはガブリエラから〈ワルキューレ〉について聞いた時が初めてだった。
もちろん【異界】の側にも人型の兵器があるとは知っていたが、それは《太平洋の惨劇》以降この世界でも普通に知られていることだっただろう。
「確かに、シオンは知らなかったとしてもおかしくはないわ。こちらの世界に魔装はほとんど存在していないし、使われる機会もほとんどないもの」
「むしろ魔装あったんですか? 俺としてはそこからびっくりなんですけど」
完全に【異界】で開発され発展してきた兵器であると思っていたのでまさかこちらの世界に存在しているとは想像もしていなかったのだが、ミランダは「ある」とはっきりと口にした。
「確かにあちらの世界で生まれたものではあるけど、偶然こちらの世界に現物が流れ着いたこともあるし、魔装が生まれてからこちらの世界に戻ってきた人外たちが技術を伝えてくれたりもしてるの」
「その割には俺全然聞いたことなかったんですけど」
「仕方ないと思うわ。実際のところこっちの世界とはあまり相性がよくなかったから流行らなかったのよね」
流行らなかったとミランダは話すが、そう言われると流行らなかったのかというのが気がかりだ。
「ガブリエラの〈ワルキューレ〉の戦いぶりを見ている限り、魔装は強力な兵器ですよね? 人外たちもアンノウンと戦っているなら、魔装がある方がいいんじゃないですか?」
「確かに戦いには便利なんだけど……大きいし目立つのよね」
「あー、なるほど」
こちらの世界の人外たちが活動する際の大前提は“人間に気づかれないこと”だ。
アンノウンを討伐するにしても同じことで、何も知らない人間たちに気取られないように配慮して人払いの結界などを使うようにしている。
その時、人間大の人外と数メートルの大きさのある魔装を比較すればもちろん後者の方が隠しにくい。
隠密行動を基本としているこちらの世界の人外たちにとってそういう点が扱いにくい。
だからいまいち流行らなかったというわけである。
「で、ここに来て流行らせようってことですか?」
「流行りというか、必要性が増してきてるのよね。昔に比べてわかりやすく魔物が増えてるもの」
それこそ少し前までは小型や中型はともかく大型のアンノウンを見る機会など人外界隈で暮らしていたシオンですらそう多くはなかった。
にもかかわらず最近は大型を見かける機会も昔よりずっと増えているのが実情だ。
「中型までならそれなりの経験を積んだ使い手なら生身で倒せるけれど、大型相手だとやっぱりそうもいかないからね」
大型を相手にしなければならない機会が増えた分、魔装という兵器の需要はこちらの世界で高まってきているらしい。
「あまりいいことではありませんよね。それだけ世界が荒れているということですから」
「……そうね。けれど求められている以上は応えるのがわたしたち≪魔女の雑貨屋さん≫よ。それに、今の段階で動き出しておくのは今後のためにもいいことだと思うの」
「今後?」
「ええ、今後……≪魔女の雑貨屋さん≫が人間相手にも商売を始めるためにね」
ミランダがさらりと告げた言葉にアキトがあんぐりと口を開けて固まった。
「それは、人類軍にという……?」
「ええそうよ。そうして信用を得られれば一般のお客様だって相手にできるようになるでしょうし」
アキトの問いにミランダはにこやかに答えたが、それを聞かされたアキトたちは完全に頭がついてきていない顔をしている。
「もちろん、今のところは準備段階でしかないんだけど」
「まあ、今すぐそんなのは無理でしょうしね」
シオンがなんだかんだ許容され、魔法を施した機動鎧などが使われ始めているとはいえ人外との仲が良好になったわけではない。
〈ミストルテイン〉との協力の実績があるとはいえ、≪魔女の雑貨屋さん≫の商品を人類軍が受け入れてはくれないだろう。
「いや、今のところというか今後も難しいんじゃ……」
「あらどうして? あなたたちはふたつの世界の和平を目指してるんでしょ?」
「「あ」」
アキトとガブリエラはそこでミランダの言わんとしていることを理解したらしい。
「あなたたちが目指す未来は、和平を締結してから来る災いにふたつの世界で協力して立ち向かうこと、なんでしょう? なら、和平締結後には交易なんかも始まるでしょうし、そもそも災いに立ち向かうために弾薬や武器は必要なはずよね」
つまり、ミランダたち≪魔女の雑貨屋さん≫はすでに和平締結後のことを見据えて行動を開始しているのだ。
和平によって可能になる可能性が高い人間相手の商売はもちろん、災いに立ち向かうに当たっての特需をすでに見越している。
「どのくらい人類軍がわたしたちの武器を使ってくれたかはわからないけど、少なくとも〈ミストルテイン〉のみなさんにはどれだけ役立つかわかってもらえてるでしょうし、その時が来たら人類軍にも【異界】の騎士団にもぜひともうちをご贔屓にしてもらえれば嬉しいわ。ね、ミツルギさん、ガブリエラさん」
にこやかに話す内容を訳すと、アキトとガブリエラには両陣営への売り込みを頼むぞ。ということである。ちょうどいいという発言はここにかかってくる。
「……まさか、アマゾンの頃からこれを見越してたわけじゃ」
「さすがにこんなことになるとは思ってなかったわよ? ……いつか人類軍にも売り込めればと思って無料で多めに提供したのは事実だけど」
「へ、へぇ……」
何か狙いがあるとは思っていたし可能性のひとつとして考えてもいたが、まさか本気で人間相手にも商売を始めようとしているとは思っていなかった。
しかも、状況的に必ずしも実現不可能ではないというのがまたちょっと怖い。
≪魔女の雑貨屋さん≫の魔女たちの恐ろしさは知っていたつもりのシオンだが、改めてそのトップの恐ろしさを実感した。




