10章-≪魔女の雑貨屋さん≫本社にて②-
「そういえば今更だけど、お前本社に戻ってたんだな」
≪魔女の雑貨屋さん≫本社内のかなり大きな応接間に案内され、ティーポットやらティーカップがひとりでに動くといういかにも魔女の城らしい演出で紅茶やお茶菓子を用意しもらって早々、ギルが思い出したように尋ねた。
「この間会った時は引越しブームで忙しいとか言ってたけど、それはもう落ち着いた感じか?」
「んー、とりあえず一番すごかった時と比べればかなり落ち着いたかな」
ルリアの口ぶりからしてまだ引っ越しラッシュ自体は続いているらしい。
「正直、みんなと会った少し後くらいが一番大変だった」
「なんでだ?」
「ほら、ファフニール復活しちゃったでしょ? あれで余計に不安になった人が多かったみたいで……」
元々ヤマタノオロチの復活や魔物の活性化を発端として始まった引越しブーム。
以前ルリアと遭遇した頃は、北欧での魔物堕ち復活の予言で欧州ではさらに拍車がかかっていた状態だったはずだ。
「魔物堕ちが出るとはわかってたけど、それがファフニールっていうわかりやすくヤバいのだったから欧州はもちろんだけど他の地域まで大騒ぎになっちゃって。あたしもつい二週間前くらいまではアジアの方まで行ってたんだよ」
「確かにファフニールは強かったけど、そこまで影響するものなの?」
リーナの問いに答えてからルリアは深くため息をつく。
「強いのもそうだけど、認知度かな。神話のドラゴンっていろいろいると思うけど名前まで知られてるのって限られるから。せめてもうちょっとマニアックな魔物堕ちだったら、あんなに大変にはならなかったと思うんだけど……」
「魔物堕ちになるような人外の中でマニアックなのは大していないからなんであれ忙しくはなったと思うけど」
「わかってるけど、あたしでも文句言いたくなるくらいには大変だったの!」
基本的に商売のこととなればバリバリと働けるのがルリアという魔女だ。
そんな彼女が商売なのにこんなことを言い出すというのは確かに只事ではない。
シオンのイメージしている以上に引越しブームとやらは激しいのかもしれない。
それは、それだけ人外から見た世界の状況が悪くなっているということでもある。
「で? 引越し関連が少し落ち着いたから一旦戻ってきたとか?」
「それもあるけど、一番は別の事業の手伝いをすることになったからかな」
「別の事業?」
「これについてはあたしから言っていいかわからないから黙秘ね」
新事業だから情報漏洩を避けようという意味なのか、それとも人間がいるから話せないことなのかは定かではない。
ただ、わざわざこのように宣言した以上は何を言ったところでルリアは話してはくれないだろう。
「気になるならお祖母様に聞いて」
「そうする」
そうして話題を切り上げると、部屋の外からドアがノックされた。
ドアの先からわずかに感じる魔力の気配はちょうど話題にした人物のものである。
「待たせてしまってごめんなさいね」
ドアを開いてひょっこりと現れた少女――の姿をした齢千年越えの魔女、ミランダ・クローネは、見た目に似つかわしくない落ち着いた態度で謝罪を口にした。
見た目はともかくとんでもない年長者であり権力者でもあるミランダを前に自然とシオンたちは腰掛けていたソファから立ち上がる。
「こちらこそ、お忙しいところにお邪魔してしまってすみません」
「気にしないでちょうだい。今日はたまたまで、普段はのんびりお茶をするくらいしかやることがないからむしろ会いに来てくれて嬉しいわ」
ルリアの事前情報と同じことをミランダ自身も語り、続いて「そんなかしこまらなくていいから、座ってちょうだい」と穏やかにシオンたちに促した。
「(見た目小学生並みなのに、こうやって接すると上品なマダムって感じで脳みそバグりそうだよな)」
「(ギル、一応先に注意しておくけどミセスに年齢の話題はNGだからな)」
「そんなに気にしなくても、悪意さえなければ構わないわよ」
ギルとのヒソヒソ話に当たり前のように割り込まれてシオンはともかくギルは随分と驚いたようだった。
「地獄耳……」
「耳いいんすね!」
「なるほど、シオンのお友達はとても素直な子なのね」
「そうなのよ。シオンとは大違い」
暗に発言に悪意があると叱られつつ、便乗してとやかく言ってくきたルリアにはあとで軽く報復しておくことをそっと胸に誓っておく。
「そういうのはいいんで、まずは今回のメインイベントを先に済まさせてもらってもいいですか?」
「それもそうね」
それから軽く咳払いをして、ミランダはガブリエラへと向き直った。
「改めてわたしの名前はミランダ・クローネ。ちゃんとお話しするのは初めてですね、ガブリエラ・エル・セイファート様」
「そんな、≪始まりの魔女≫である貴方に様などと呼ばれてしまうのは恐れ多いです。それに私は王位継承権を捨てていますから、もっと気軽にガブリエラと呼んでいただければ……」
「では、ガブリエラさんと呼ばせてもらおうかしら。わたしのことも、気負わず好きに呼んでもらって構わないからね」
「はい、ミセス・ミランダ。改めましてよろしくお願いします」
深く頭を下げるガブリエラはどうにも態度が堅苦しいように思うが、彼女の性格上気安くと言ってすぐ気安くできるものでもない。
それはミランダも察したのか特に気にはしていないようだ。
「それからミツルギさんも。こうして顔を見てお話しするのはアマゾンの一件以来になるわね」
「ご無沙汰しております。あの時もそうですが、ファフニールの一件でも≪魔女の雑貨屋さん≫にはご協力いただき、ありがとうございました」
「いえいえ。アマゾンはともかく北欧の件は代金をもらっているもの。こちらこそ贔屓にしてもらってありがたいことだわ」
最後に、ミランダは残るメンバーのことを改めて見渡した。
「他のみなさんも、ようこそ≪魔女の雑貨屋さん≫の本社へ。シオンの友人であり、お得意様でもあるあなたたちのことを歓迎するわ」
そう言って、ミランダはとても嬉しそうに微笑んだ。




