10章-数多の神秘が隠れ住む場所③-
それ以降も度々人の社会に紛れ込む人外たちを発見しつつも、シオンたちはとある小さなビルの前にたどり着いた。
「ここが≪魔女の雑貨屋さん≫……には見えないけど」
「半分正解半分はずれ、ってとこですかね」
アンナの感想を適当に流しつつシオンたちはビルへと足を踏み入れる。
ビルの中は年季を感じさせる一方でしっかり管理されているのか綺麗だが、がらんとしていて人気はない。
「このビル。なんの会社も入ってないみたいね」
「そりゃまあ、言ってしまえば単なる“入り口”ですからね」
「入り口?」
「まあまあ焦らなくても、すぐに答えわかりますから」
ビルの奥まで進めば、そこには両開きの頑丈そうなドアがあった。
すぐそこには少し古い、暗証番号を打ち込むタイプの電子ロックが取り付けられている。
「ここです」
「……何がだ?」
堂々とここですと宣言したシオンにアキトの冷静なツッコミが入る。
「ここの電子ロックに正しい番号を入力すれば、その先にはちょっとした異空間にある≪魔女の雑貨屋さん≫本社に繋がってるって感じなんですよ」
「あーなるほど、だから“入り口”なのね」
合点がいったとばかりにうんうん頷くアンナに頷き返してからシオンは早速電子ロックに手を伸ばす。
「番号わかるのか?」
「前に一回来たことあるんでその時に」
軍士官学校に入学する少し前に一度このビルに訪れて番号を教わっている。
だいぶ前ではあるがしっかり番号を覚えているので問題はない。
番号を打ち込み終え、カチャリとロックが解除された音がする。
「なーなーシオン。ちょっと質問いいか?」
「何?」
「お前さっき、電子ロックに正しい番号を入力すればーって言ってたけど、普通電子ロック関係なくドア自体が異空間に通じてるんじゃねえの?」
「あーそれがちょっと違ってね。間違った番号でもロック自体は開くんだよ」
「それ、ロックの意味なくね?」
「って思うじゃん? でも実際は間違った番号じゃ本社には繋がらないような仕掛けになってるんだ」
ドアそのものが本社に繋がってるのではなく、電子ロックに正しい番号を入力した場合に限り本社に繋がるという寸法だ。
「ま、セキュリティ兼トラップだね。悪意ある相手がテキトーな番号打ち込んで開いたと喜んでも本社には行けないっていう」
「間違ったらどうなるんだ?」
「んー俺も聞いただけだけど、えげつないトラップが起動するとかなんとか。ま、俺たちには関係ないよ」
あははと笑い混じりに答えつつシオンはドアを開け放つ。
その瞬間、真っ赤な炎がドアの先から噴き出した。
「わわわわわ!?」
反射的に展開した魔力防壁で炎を防ぎつつ、シオンは魔法で開け放ったドアを閉じた。
なんとも言えない沈黙に包まれるビルの一角で、電子ロックが再び閉まるカチャリという音だけが響く。
「……あんな感じで番号を間違えた者の命はないって話だね!」
「話だね! じゃねぇ!!」
ハルマによる容赦のないチョップがシオンの脳天にヒットした。
「一歩間違えたら俺たち全員丸焦げだったぞ!?」
「申し訳ない……」
「というかお前、自信満々に番号打ち込んでただろ」
「…………」
「……お前、思ったより本気で凹んでるな?」
「だって、あんな自信満々にやっておいて間違えてアレとかネタにもならない……」
完全に正しい番号を打ち込んだつもりでやっておいて結果があれだ。シンプルに恥ずかしすぎる。
シオンの凹みっぷりにハルマの怒りも萎んでいく中、シオンの懐で微かに振動するものがある。
取り出したそれは≪魔女の雑貨屋さん≫製のスマートフォン、通称マジフォンである。
「もしもし?」
『あ、シオン? あたしあたし」
「あたしなんて知り合いはいませんが」
『はっ、自信満々に番号打ち込んでミスったおバカがなんか言ってるわね』
「なるほど喧嘩売ってるんだなルリア」
電話の相手であるルリアは「やっぱりわかってるんじゃないの」と文句を漏らしてから「それより」と話を続ける。
『そっちの事情はだいたいわかってる。で、実は昨日ちょうどそこの暗証番号変えちゃったところらしいのよ』
「……三日前にミセスと今日の約束した時はなんにも言ってなかったんだけど」
『いくら見た目幼女でもお祖母様が千歳越えだってこと忘れないであげてくれる?』
つまり、暗証番号が変わるという情報が見事にシオンには届いてなかったらしい。
なお、昨日までであればシオンの覚えていた通りの番号で間違いはなかったそうだ。
『二〇年に一回の番号変更に引っかかるなんてシオンって案外運はないよね』
「んなこといいから番号教えろや」
『いや、それよりもあたしが出迎えする方が早いから』
その言葉の直後、目の前のドアのロックが解除され向こう側から押し開けられた。
「――いらっしゃいませ。≪魔女の雑貨屋さん≫本社へようこそ」
ドアの向こうから表れたルリア・バッカスは、にこやかな接客スマイルとお手本のようなお辞儀でシオンたちを出迎えた。




