10章-数多の神秘が隠れ住む場所②-
〈ミストルテイン〉がロンドンの人類軍基地に到着した二日後。
シオンはガブリエラやアキトたちを連れ立ってロンドンへと繰り出していた。
「……改めて大所帯ですね」
「今更何言ってるのよ」
シオン、ガブリエラ、アキトに加えてハルマ、ナツミ、レイスにリーナ。さらにアンナとギルまで一緒である。
シオンとしてはガブリエラとアキトだけいればよかったのだが、気づけば初期想定の三倍の大所帯になっていた。
「〈ミストルテイン〉を出る前にもその話はしたじゃないの」
「話したっていうか、アキトさんとアンナ教官に俺が説き伏せられただけでしたけども」
想定外の大人数にシオンはもちろん反対したのだ。
単なる散策や観光であれば大人数でも別に構わないのだが、今回は訳が違う。
シオンたちはこれから≪魔女の雑貨屋さん≫の本社へ行く予定なのだ。
もちろん、このメンバーに魔女に対して敵意がある者がいないことはよくわかっている。
彼らが≪魔女の雑貨屋さん≫の本社に行くこと自体は特に問題はないだろう。
しかし、魔女に限らず人外たちは人間から隠れて暮らしているのだ。
秘密の隠れ家とも言える本社の所在を知る人間は少ないに越したことはない。
と、シオンはしっかりアキトやアンナに説明したのだが、やれ「部隊内部で隠し事が多過ぎるのは良くない」だの「もしも場所を知る三人と別行動になってしまった状況下で≪魔女の雑貨屋さん≫と接触しなければならなくなったらどうするんだ」だのポンポンとデメリットを投げかけられ、最終的にシオンが根負けして今に至る。
「人聞きの悪いこと言わないでよね。アタシたちは必要だと思ったからそうしたまでよ」
「少なくともギルは対象外だと思うんですけど?」
「俺だけ除け者とかひどくね!? 俺、お前の従者だぞ!」
「はいはいわかったからあごで人様のつむじをグリグリしない! あと普通に重い!」
アンナといいギルといい終始このような具合なので、シオンはもう面倒になってしまったというのも同行を許可した理由のひとつである。
「でも、本当によかったんでしょうか? シオンの言っていることにも一理ありますよね?」
「心配しなくていい。本気でリスクが高ければシオンは意地でも突っぱねていたはずだ」
リーナが心配そうにするのに対してアキトは迷いなく答えた。
「なんだかんだと許容した以上、全員連れて行ったところでリスクは大きくないんだろう。最低でも魔術を習っている面々はシオン不在でも≪魔女の雑貨屋さん≫に接触できるように場所を把握しておいた方が今後のためになるはずだ」
「アキトさんの考えはわかりましたけど、メンバー増やすなら俺に事前に言っておいてくれます? 当日急に来られたらびっくりするんで」
ギルはともかく、他の追加メンバーはアキトによって呼び出されたらしい。
「昨晩ふと気づいたんだ」としれっとした顔で言っているが、事前連絡を忘れるなどアキトらしくない。
どちらかと言えば、呼び集めるまでしてしまえば事前に話すよりもシオンが折れやすいと判断したからではないかとシオンは睨んでいる。
「まあいいです。アキトさんの予想通り、場所がバレたくらいならそこまで問題はないんで」
「確かに、前に聞いた人払いの術とか使われちゃったら僕たちでも無理だもんね」
レイスの予想通り、≪魔女の雑貨屋さん≫の本社には無関係の人間が立ち入れないように人払いの術が施されている。
それ以外にも様々な防衛機構が用意されており、人外であっても悪意あるものは近寄れないくらいで、それらに邪魔されてしまえばシオンですら容易には本社にたどり着けない。
ナツミのような特異体質でもなければ、ただの人間がそれらを通過することは不可能だろう。
そんな会話をしながら歩いていると、正面から歩いてきた長身の老紳士と肩がぶつかった。
「おっと、失礼」
「あ、こっちこそすいません」
互いに軽く謝罪しつつ、それ以上言葉を交わすことはない。ごくごく普通のやり取りだろう。
そうして数秒ほど歩いたところで後ろから唐突にハルマに肩を掴まれた。
「……待て。お前今回魔法で姿隠してないのか?」
「へ? いつも通りちゃんとやってるけど」
「でもお前、さっき人とぶつかっただろ。お前の魔法だとぶつかることもなくなるはずじゃ……」
「確かにそうだけど、まあイギリスならぶつかることもあるよ」
「イギリスなら……?」
「だって今のナイスミドル、人外関係者だろうし」
「…………は?」
シオンの使用している認識阻害の魔法はあくまで人間にバレない程度のものであって、人外相手にも通用するほど強力なものではない。何せそこまでする必要がないのだから。
なので、相手が人外関係者であれば大したことのない相手でも普通に見えているしぶつかることもあるだろう。
「今の人が? というかそんな普通に街歩いてるのか?」
「この国は前からそんな感じだよ」
信じられないと言わんばかりの顔をするハルマに、シオンは適当に周囲を見回してとある方向を指差して見せる。
「あそこ、カフェで新聞読んでるサラリーマン風の人見える?」
「あ、ああ」
「あの人、人間ではあるけど多少なり魔術の心得があると思う」
「な!?」
「次、あそこの木の上にいるカラス。あれはどっかの魔女の使い魔とかだと思う」
さらには遠目に見えるベンチで寝そべっている黒猫は人外であるし、その隣に座っている十歳くらいの少女は魔女。
そこから十数メートル離れたところでキッチンカーで買ったらしきホットドックにかぶりついている青年は魔法で擬態しているが獣人の類だ。
少し探せばひとりふたり見つかるくらいにはこの場所には人外たちが暮らしている。
それがこの土地の当たり前なのである。




