表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
10章 争いを拒むもの、争いを望むもの
607/853

10章-情報交換①-


コヨミの口から語られたトウヤの正体にシオンは言葉が出なかった。


そもそも魔物の力を持つ人外がトウヤだという事実も、状況から確信を得た一方で本当にそうなのかという考えは拭いきれず、こうしてコヨミから聞かされるまでは半信半疑だったのだ。

そのくらいに彼はどこにでもいるような優しい少年でしかなくて、こんな常識を外れた生まれ方をした命だとは今でも信じられない。


「……それで、そのトウヤを見つけたあなたはあの子を育てたんですか?」

「ええ。あの子が生まれたのはちょうど私がここに来てすぐのことだったわ」


十年前、事故での死を装ってからこの世界にやってきたコヨミは【月影の神域】の外に魔物のものではない妙な魔力の気配を察知したのだという。

≪月の神子≫以外の生者が存在しないはずの世界に、魔物の魔力以外が存在するのは異常事態だとすぐに様子を見に行ったコヨミがそこで見つけたのがトウヤだ。


「正直驚いたわ。こんなところに赤ん坊がいるだけで意味がわからないのに、私と近い魔力を持ってるわ、泣き出すと魔物の魔力を放つわでてんやわんやだった」

「それでも拾って、しかも育てたんですね」

「もちろんよ。きっとあなたもそうしたでしょ?」

「……まあそうなんでしょうけども」


本来ここには≪月の神子≫以外存在してはならないし、魔物の魔力を持つという事実も軽くは見られない。赤ん坊のうちに始末しておくべきという考え方もあるだろう。


それでも、世界を脅かし得る存在なのだとしても、目の前にいるのは無力な赤子だ。


シオンがコヨミと同じようにトウヤを見つけていたのなら、仮にそのような考えが頭をよぎったとしても実行することはなかっただろう。

ただその小さな体を抱き上げて、新しい命を慈しむ。それ以外の選択肢を持つことはなかったはずだ。


シオンがそうであるように、コヨミもそうしたというだけの話だ。


「でも、外の世界に託そうとは思わなかったんですか? どう考えても子育てに向く環境じゃないというか……そもそも赤ん坊に食べさせられるようなものとかあるとも思えませんし」

「【月影の神域】には魔力を使って栄養補給できるような魔術が組み込まれてるの。トウヤの魔力に≪月の神子≫の性質が含まれてたから、ちゃんとそれが効いてくれたみたい。……あとは、ここからトウヤを外に出して大丈夫かわからなかったから」


そもそもこの【禍ツ國】で生まれた命であるトウヤが外の世界で問題なく生きられるかは不明だったし、何より魔物の力を持つ彼が外の世界でどのように扱われるかもわからない。

例え窮屈な【禍ツ國】であったとしても、トウヤにとっては外の世界よりは安全だったのだ。

実際に始末すべきかどうか議論されたシオンとしては納得しかない。


「いつまでもここに縛りつけておくつもりはなかったから、あの子が大きくなってしっかりと自分の力をコントロールできるようになったら外に行きなさいって話すつもりだったの。……結果的にそれより前に出て行っちゃったわけだけど」

「コヨミさんを救う方法を探すために、ですね」


コヨミが眠りにつくようになって数年。しかも少しずつその眠りが長くなっていたとなればそれを近くで見ていたトウヤには不安も焦りもあっただろう。

最愛の母を失うことを恐れ、その母親の言いつけを破ってでも外の世界に救う術を求めてしまったとして、それを責めることはシオンにはできない。


「これから俺はどうしましょうか?」


シオンが最初にここに招かれたのは、トウヤを見つけ出して止めるというコヨミの願いのためだった。

しかし、トウヤは止めなければならないようなことをしているわけではない。

コヨミが状況からトウヤが魔物の力にのまれてしまったのではと勘違いしていただけで、彼は正気であるし母を救うのが第一で悪いことをする理由もない。


あの子を止めて、助けてほしいとシオンはコヨミに願われたが、止める理由も助けなければならない事案も最初から存在していないのではないだろうか。


しかしコヨミは難しい表情で黙り込んでしまった。それはまだ何かがあると言っているのと同じだ。


「……あなたの会ったトウヤは、普通に優しい子だったのよね?」

「はい。礼儀正しくていい子でしたよ」

「穢れにのまれてる様子もない、のよね?」

「はい。全然」


いくつかの確認をしてコヨミはさらに表情を厳しくする。


「やっぱりおかしいわ……あの子が外に行ってから明らかに地球から来る穢れが増えてるのに」


この【禍ツ國】は地球で発生した穢れを集めるための世界だ。

その要であるコヨミがそのように言っている以上はそれは確かな事実なのだろう。

時期を同じくして魔物の力を持つトウヤが地球に向かったとなれば、そのふたつに関連があると考えるのは当然だ。


「……確かに妙ですね」


シオンにも思い当たることはある。

ここしばらく魔物――もといアンノウンの動きが活発化しているのは確かだが、穢れが増加するような大きな戦いが起きているわけでもない。

それに、過去に見られなかった魔物に力を与える黒い光や、太古の魔物堕ちたちの復活、極め付けにアンノウンを呼び集める魔力結晶まで存在している。


トウヤが何か悪事を為しているとは到底思えないが、何かが世界で起きていることは間違いない。

しかしトウヤのようなイレギュラーな存在がそれにかかわっていないと考えるのも違和感がある。少なくとも黒い魔力結晶の件は魔物の力がなければ実現できないはずだ。


「お願い、地球で何が起きてるのか詳しく教えて」

「わかりました。コヨミさんも気づいたことがあれば教えてください」


シオンが自発的に訪れたからかまだ時間はあるように思う。

今世界に起きていること正しく理解すべく、ふたりは腰を据えて情報交換を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ