10章-シオンとトウヤ②-
ランチを終えて店を出る。
まだ日は高く、クリストファーの言っていたように夕食まで過ごすとなるとまだまだ町で時間を潰す必要がありそうだ。
「最高司令官殿のこの後のご要望は?」
「のんびりと町を見て回りたいな」
「って感じだけど、トウヤはどうする?」
なんとなくランチを一緒にはしたもののあくまで偶然遭遇しただけに過ぎない。
特に目的もなく町をぶらつくという行動に無理に付き合わせるわけにもいかないだろう。
「……一緒に行ってもいい? もっとシオンお兄さんたちとお話したい」
「俺はもちろんオッケーだよ。おふたりも問題ないですよね?」
「構わないとも」
「ああ、俺も大丈夫だ」
アキトとクリストファーも了承も得られ、トウヤは嬉しそうに微笑む。
そんなトウヤを加え、改めて四名での町の散策が始まった。
特別観光名所というわけではないが町自体はそれなりに大きい。
都市部では珍しい個人経営の商店などには普段あまり見かけない商品などもあり、特に人外であるトウヤは物珍しそうに目を丸くしていた。
外見も少し成長した彼だが、コロコロと変わる豊かな表情を見るとやはりまだまだ子供なのだと感じさせる。
「(トウヤいてくれてよかったかもな)」
老人と成人、さらには未成年という謎メンバーだけでの町の散策となるとどうしても盛り上がりに欠けていただろうと思う。
それがトウヤが質問をしてくれたり物珍しそうにしてくれるおかげで自然と話題も出てくる。
シオンに甘いだのなんだの言ってきていたアキトとクリストファーだが、彼らも大概トウヤには甘い。
離れて見ているとクリストファーは孫を見守る祖父であるし、アキトは若いと父親のようにしか見えない。
それを口にしたところ、ふたりからは即座に「それならお前は弟にデレデレの兄だ」というニュアンスの反論をされた。
要するにどんぐりの背比べである。
そうこうしているうちに時間はあっという間に過ぎていった。
「こうして彼を見ていると、人間だの人外だので騒いでいるのが馬鹿らしくなるねぇ」
一休みがてら立ち寄った公園で、ベンチに腰掛けたクリストファーはしみじみとそう口にした。
その視線の先にはアキトに連れられて公園に来ているキッチンカーで飲み物を選んでいるトウヤの姿がある。
「そういえば俺以外の人外とここまで一緒に過ごすのは初めてですもんね」
「ああ。トウヤ君は本当に無垢というかなんというか……事前に聞かされてなければ誰にも人外だなんて思われないんじゃないかな?」
「かもしれません」
人間社会に溶け込んで暮らしている人外がいないわけではないが、やはり種族的な差異で人間とのズレを生じさせることは珍しくはない。
外見や生活習慣が人間に近いというのはもちろんあるだろうが、トウヤの馴染みっぷりがかなりのものだろう。
「(……あれ? でもトウヤってつい最近まで人間社会の外にいたはずだよね)」
人のいない秘境か魔術で作られた異空間かは定かではないが、魔法でなければ人間社会を見ることができない程度には離れた場所で生まれ育ったとは聞いている。
そんな彼がここまで違和感を与えないでいられるということは少し引っかかる。
ちょうどトウヤが戻ってきたので、その疑問を軽くぶつけてみる。
「よくわからないけど……普通にしてるだけ、だよ?」
「普通に?」
「うん。お母さんと一緒の時みたいにしてるだけだから」
どうやらトウヤに人間に合わせている自覚はないらしい。
単に母親の教育が人間と一緒に過ごして違和感を与えないようなものだっただけなのだろう。
「(それはそれで違和感あるんだけど……)」
普通の人外であれば人間と一緒に暮らしていく前提での教育なんてしない。
わざわざそれをしていたとすると、いずれトウヤを人間の社会に送り出す予定があったのか、あるいは母親自身が人間社会の常識を常識として生きてきた人外なのか。
何かしら特殊な事情があったのかもしれない。
「あ、あと、おじさんのおかげかもしれない」
「おじさん?」
初めて話題に出てきた人物にシオンは疑問符を飛ばす。
「うん。僕がこっちの世界に来て初めて知り合った人で、この世界のことを教えてくれた人間のおじさんがいるんだ」
「へぇ、そんな人がいたんだ」
「……あ、そうだった!」
ハッとしたようにトウヤが声をあげる。
「僕、そのおじさんのことでシオンお兄さんに相談したいことがあって――」
言葉の最中、きゅるきゅると可愛らしい腹の音がそれを遮った。音の出所はまさに喋っていたトウヤ本人で、恥ずかしそうにわずかに顔を赤くした。
「とりあえず、日も暮れてきているし少し早い夕食にでもしようか。その相談とやらもそこで落ち着いてすればいい」
「……うん」
クリストファーの提案にトウヤが恥ずかしそうに小さく頷く。
ひとまず話を中断してシオンたちは夕食を求めて公園から繁華街へと移動を開始した。




