2章-神の眷属-
「――と、いうわけでお土産ふたつです。とりあえずクッキー食べます?」
〈ミストルテイン〉艦長室。
室内の中央に鎮座する応接用のローテーブルの上に有名洋菓子店の紙袋と鉄製の鳥かごというなんとも珍妙な組み合わせを並べられ、アキトは思わず片手で顔を覆った。
「何が、と、いうわけで、ですか!?」
「それ以外に説明のしようがなかったっていうか……あ、鳥かごは道中買ったんですけど経費で落ちますよね?」
「知りません! 自分でちゃんと申請を出しなさい!」
「え~」と不満そうにするシオンと冷静さを欠いたミスティ。
そんなふたりに任せていては話が進まないと思ったのか、ふたりの間にアンナが体ごと割り込んだ。
「とりあえず、マイアミの町で人外を見つけたから捕まえてきたってことでいいのよね?」
「はい。こんな都会にいるのはちょっと妙だったんで」
シオンの答えを聞きつつ鳥かごの中で未だ気を失っている鳥を観察する。
アキト自身は鳥に詳しくはないが、シオン曰くハチドリという種類らしい。
「俺が見る限りはただの鳥にしか見えないが……ハルマたちの意見はどうだ?」
「見た目は間違いなくただの鳥ですが、捕まえる直前まで異能の力で姿を見えなくしていたのを確認しています」
公的な場という訳でもないのだからもう少し力を抜いてくれてもいいのだが、ハルマはあくまで軍人として意見を述べる。
そんな弟の堅苦しさに内心苦笑しつつ、アキトもこの鳥が人外であると判断した。
ハルマの証言もそうだが、シオンがただの鳥を人外だと嘘をついてここまで持ってくる理由もないだろう。
「それで、イースタルはこの人外をどうするつもりだ?」
「とりあえず少し話を聞くつもりです。それで問題なさそうなら逃がしたいんですけど……」
言葉を濁してシオンはチラリとミスティのほうへと視線を向ける。
「こんな姿でも人外であるなら、人類軍としては自由にするわけにはいきません!」
「って言うと思いましたー」
わかっていたと言いたげにわざとらしく肩をすくめたシオン。
聞き分けのない子供に対してとるような態度にミスティがムッとするが、彼女が何かを言い出すよりも先にアンナが動いた。
「どちらにしろそういう判断は話を聞いた後のことでしょ。今ギャーギャー話しても意味ないわ」
「ですね。とりあえずこの鳥をさっさと起こしますか……」
鳥かごの中でひっくり返ったままの鳥に対してシオンは指を一本向ける。
指をさすような動作に何をしているのだろうかと思っている一同の前でシオンは小さく呟いた。
「雷よ」
瞬間指先から走った電撃が容赦なく鳥を襲い「ピギョッ!!」という悲鳴とともに鳥かごの中の鳥が飛び上がった。
そのままバタバタと翼を動かしながら暴れる鳥を見てシオンは満足そうに笑う。
「うん、起きましたね」
「……人外ってことは一応お仲間でしょ? ちょっと荒っぽくない?」
「時間短縮ですよ」
特に悪びれることもなくアンナの問いに答えたシオン。それから鳥かごに顔を近づけて少し落ち着き出していた鳥に声をかけた。
「どうもこんにちは。俺は通りすがりの魔法使いなんだけど、お話いいかな?」
子供を相手にするような優しい声色で語りかけるシオンをかごの中の鳥は愛らしく見上げ――、
「無礼者!!」
見た目に反した口調と大声でまず罵倒した。
「少し魔力を持つ程度の人間風情がウィツィロポチトリ様の眷属たる私にこのような狼藉を働くとは……不敬が過ぎるぞ人の子!!」
「わー、思ったよりも面倒なタイプだった」
小さな体で尊大な態度をとる鳥を前にシオンの目が遠くなった。
そんなシオンの隣に出てきたギルは興味津々な様子で鳥かごの中で騒ぐ鳥を観察している。
「つーか普通にしゃべるんだなコイツ。マジで人外なんだ……」
「魔力すら持たぬ人間が私を見下ろすでない! そもそもそこいらの人外一緒にするな、私は太陽神の眷属だぞ!」
「太陽神……? そういやなんかうぃちろなんとかって言ってたような」
「ウィツィロポチトリ様だ無礼者!!」
ウィツィロポチトリ。
アキトには聞き覚えのない名前だが、口ぶりからすると神であるらしい。
シオンであれば知っているのではないかと彼に視線を向けたが、シオンもまた首を捻り疑問符を浮かべている様子だ。
「眼鏡副艦長、その手にあるタブレットでウィツィ……なんとかについて検索してみてくれます?」「ウィツィロポチトリ様だ!」
「だそうです。多分南米の神様だとは思うんでネット検索でもヒットするかと」
シオンの指示に若干不満そうにしつつも手元のタブレットを操作するミスティ。数秒も待てば検索結果が出たらしく、一度眼鏡の位置を調整して画面に目を走らせる。
「ウィツィロポチトリ。アステカ神話の太陽神でメキシコの国旗にも描かれているそうです。名前の意味は"ハチドリの左"」
「なるほど、それなら眷属っていうのも嘘じゃなさそうですね」
問題の鳥はハチドリで、"ハチドリの左"の眷属であると主張している。
神が縁のある動物を従えるという話は日本神話などでも見られるので決しておかしな話でもなさそうだ。
「ふん。わかったならさっさと平服して許しを請うたらどうだ?」
こちらが神の眷属という主張を信じたとわかったのかさらに態度が大きくなるハチドリ。
それに対してシオンのこめかみにわずかに青筋が浮かび上がったことにアキトは気づいた。
「ハチドリさんハチドリさん。ちょっとこっち見てくれるかな?」
指示に従ったというよりは反射的にであろう動きでハチドリはシオンのことを見上る。
そしてシオンとハチドリの目があった瞬間、言い様のない感覚を覚えたアキトは駆け抜けた悪寒に背を震わせた。
同時にハチドリもシオンの目の前で石にでもなったかのように硬直してしまっている。
「俺はさ君とお話したいんだよ。神様の眷属って言うならもうちょっと器の大きなところを見せてくれるかな?」
声は穏やかで、わずかに微笑みを浮かべているシオン。だがしかし、目は全く笑っていなかった。
その姿はアキトが見ても若干背筋が寒くなるくらいではある。
「わ、わかった。ひとまず話を聞こうではないか」
シオンの怒りを真正面から受け止めることになったハチドリは、まだ若干偉そうではあるが先程までと比べるとずいぶんと態度を軟化させた。
あれだけ尊大だったにも関わらずここまで態度を変えるというのは少し妙にも思える。
先程アキトも感じた悪寒を思えば、もしかするとシオンはなんらかの魔法を使って威嚇したのかもしれない。
「それじゃあ早速だけど、なんでマイアミの町にいたんだ?」
シオンの問いに対してハチドリはわずかに嘴を開いたが、数秒の間を空けたかと思えばためらうようにそのまま嘴を閉じてしまった。
その視線はシオンではなく、周囲に控えているアキトたちに向けられているようだ。
「……人間相手には話にくい?」
「むしろ貴殿はどうして当然のように人間と共にいる。かの歴史を知らないわけでもなかろう……」
「こっちもいろいろ事情があってね」
どうやらシオン相手はともかく、ただの人間であるアキトたちに対して話をすることには抵抗があるらしい。
「心配しなくても、多少こっち側の事情が知られたところで人間にどうこうされる心配なんてないだろ?」
「……まあそれもそうか。神の眷属たる私が人間を恐れるのもおかしな話か」
その人間を目の前に堂々する会話ではないだろうとは思うのだが、本人たちはそれを気にする様子もなく話を続ける。
「私は人を探していたのだ。……≪母なる宝珠≫に異変を知らせるために」




