10章-最高司令官のお願い③-
そして約束の日。
シオンはエナジークォーツ生成の関係で一日倉庫にこもると周囲に伝え、一応追加の分身を作っておいた。
野生の勘を持つギルやシルバあたりが相手だと少し心配ではあるが、基本的にはバレる心配はないだろう。
アキトもアキトでちゃんとアリバイは用意したらしい。
シオンはそんなアキトを伴ってまずはクリストファーの部屋に転移し、そこでクリストファーを拾った上でさらに転移して基地の外へと出た。
「シオン、魔法の方は問題ないか?」
「認識阻害はもちろん電子機器対策もいつも通りです。今回はそこにプラスで細々した術も使ってるので、人間のテロリストには絶対に見つかりません」
「人外が相手だとどうなる?」
「いるとわかってて探知されたら話は別ですけど、かなりの力のある人外じゃない限りは大丈夫なはずです」
「まあ、それなら大丈夫だろう」
シオンとアキトが真剣に話し合う横でクリストファーは満足そうに頷く。
「うんうん。これなら誰にも知られずこっそりと動けそうだね」
「……それで、ここまでしてあなたは何をしたいんですか?」
ここまで力を貸しているのだからそのくらいは聞く権利があるはず。
しかしクリストファーはまあまあとシオンを宥めるだけだった。
「焦らないでくれたまえ。心配しなくても道中ちゃんと話すとも」
結局決定的なことは何も言わずにクリストファーは歩き出す。
シオンとアキトは諦めてそれに続くしかなかった。
基地とほぼ隣接するようにある都市は海岸沿いにある港町だ。
大都市というほどではないがそれなりの規模があり、栄えているように見える。
人類軍基地の近くということもあって人々も安心しているのか全体的に雰囲気も明るい。
そんな町の中をクリストファーの先導に従って進んでいく。
「いやぁ、いいね。こんなふうに町中を歩くなんていつぶりだろう」
「そりゃあ、人類軍のトップを車にも乗せずに徒歩移動なんてさせられないでしょう」
「もちろんわかってるが私はもう若くないんだ。ちゃんと歩かないとすぐに体が鈍ってしまう。むしろ健康のために歩かせてもらいたいくらいだよ」
そんなふうに言っているがクリストファーは腰も曲がっていないし足取りもしっかりしている。
厳密に彼がいくつかなのかシオンは知らないが、少なくともそこらの中年のサラリーマンなどよりはずっと動ける体をしていそうだ。
「それに街並みのこの雰囲気。子供の頃を思い出すね」
「子供、ですか?」
「ああ。今は北米暮らしだが、小さな頃は欧州で暮らしていたんだ。ちょうど港町だったし少し雰囲気が近いように思う」
なんてことのない昔話を聞きつつ向かう先はどうやら港の方面のようだ。
近づくにつれて海岸付近の大きな建造物が目についてくる。
「港のあれ、ドックですか? 立派なのが結構ありますね」
「ああそうだよ。大型の船舶が作れるドックでね。人類軍の持ち物で多くの水上艦を作ってきた実績あるドックなのさ」
「……つまり、俺たちの目的地はあそこですか」
アキトの問いにクリストファーは正解だと言わんばかりに笑みを浮かべた。
しかしそうだとすると少し引っかかることがある。
「人類軍に内緒なのに人類軍関連の施設に用なんですか?」
人類軍に関連することならば、人類軍最高司令官らしく公的に訪ねる方が簡単だ。
そうすれば誰も文句は言わないし、シオンたちに頼らずとも護衛も揃えて安全にそれができるはず。
それをしないということだったので、シオンはもっと公にできないような場所に行くものかと思っていたのだ。
「てっきり、ここで欧州の裏社会の首領と会うとかそういう感じのことかと」
「あっはっは。顔は広いけれどそういう知り合いはさすがにいないかな」
シオンの物騒な想像がツボに入ったのかクリストファーは機嫌よく大笑いする。
相当な大声で笑っているのだが、シオンの魔法のおかげで道行く人々に奇異の視線を向けられることはない。
「シオンの予想はさておき俺も表向き人類軍に協力していない組織の人間と会う、くらいの予想はしていたのですが……人類軍の施設なら何故秘密で向かう必要が?」
「ふむ、あまり褒められたことではないんだけどね」
笑いを引っ込めたクリストファーは少し気まずそうに顎を掻く。
「実は、ここで船を作ってるんだ」
「……ドックで船を製造するのは当然では?」
「まあそうなんだけどね。問題なのは製造してることが秘密ってことなんだよねぇ」
「「…………はい?」」
シオンとアキトが同時に疑問の声をあげれば、クリストファーは頭に手をやって笑った。
「つまり、私が人類軍にも内緒で人類軍のお金を使って造ってる船がここにあるんだよ」
そう言って、クリストファーはそれなりに大問題になるスキャンダルを笑い混じりにぶっちゃけたのだった。




