2章-異分子の気配②-
ハルマたちはシオンの先導に従って細い道を小走りで駆けていく。
大通りではないとはいえ大都市だ。細い道とはいえども少なからず人はいるのだが、走って移動するハルマたち六人を不審がる様子もない。
これもシオンによる認識阻害とやらの効果なのだろう。
「シオン、問題の人外の正体はわかったりするのか?」
認識阻害が機能しているのならこの会話が道行く人々に聞かれる心配もないだろうと判断して前を走るシオンに尋ねる。
「現時点で正体までは無理。けど、数は一体だけでそこまで強い人外じゃないと思う」
ハルマに対して答えつつシオンは迷うこともなく分かれ道を左に進む。
こちらにはさっぱりわからないがシオンは間違いなく標的のいる方向を察知できているのだろう。
そのまましばらく移動を続け、一行は本格的に人の気配の少ない海岸沿いの倉庫街に辿りついた。
一番前を走っていたシオンが立ち止まるのに合わせてハルマたちもその場で息を整える。
「まだ見つけられないのか?」
シオンが気配を捉えてからそれなりに時間もかかっていれば距離も移動してきている。
それなのにまだ問題の人外の姿さえハルマたちには確認できていない。
シオンが嘘をつく理由も思い至らないが、本当にそんな人外がいるのかどうかも少し不安になってくる。
「ごめん、途中であっちにわざとこっちに気づかせたんだ」
「なんのために?」
「町のど真ん中で抵抗されて暴れられるとちょっと面倒だと思って」
人の多い町中でもしも異能飛び交う戦闘になどなれば結構な騒ぎになってしまう。
だからこそあえて追跡者である自分たちの存在に気づかせ、こうして人気の少ない海岸沿いまで標的を追いやった、ということらしい。
「作戦自体に文句はないけど、ひと言説明しろ」
「そこは正直悪かったと思ってる」
一応は反省の色がうかがえたのでそれ以上の追及はせず、シオンの隣に立って懐から拳銃を取り出す。
町中ではさすがにためらったが、ここまで人の気配がなければ取り出しておいても問題ないだろう。
そんなハルマの様子を一瞥してからシオンが一度だけ指を鳴らした。
「……何した?」
「念のための人払いと音声遮断の術。部外者はここらへんに近づけないし、派手な音が出ても術の範囲外には聞こえない。レイスと委員長も拳銃出していいし、なんなら撃っても大丈夫だよ」
魔法は厄介だと思う一方で、味方が使えるのだと思うとこれ以上ないほど便利なものだと感心してしまう。
レイスとリーナが拳銃を構える様子を確認してから、改めてシオンに向き合う。
「それで? もう標的はすぐそこか?」
「うん。一応魔法で姿を隠してるみたいだけど、俺には丸わかりだから安心して」
「包囲するか?」
位置がわかっているのなら武器を持っているハルマたちも散開し、四方向から標的の人外を包囲してしまうのが最善ではないかと思う。
しかしシオンはその提案に首を振った。
「弱い人外とはいえ、どういう魔法で攻撃してくるかは正直俺もわかんないんだ。正直俺以外はこの場で待っててほしいくらいなんだけど……」
シオンの言い分はわからなくもないが、さすがにそういうわけにはいかない。
普通の買い物ですら監視が必須なのだ、他の人外との接触ともなればなおのこと人類軍の目が届くところでなければならない。
シオンがその気になればハルマたちのことなど煙に巻いて好き勝手もできるのだろうが、ここでそうしないということはシオンもこんなことで人類軍との関係に余計な波風を立たせたくないのだろう。
契約を正式に取り交わしたとはいえ、まだまだ双方の間の信頼関係は弱々しいものに過ぎないのだから。
「包囲は魔法でどうとでもできるから五人は俺のすぐ後ろに続いてほしい。……俺が人外をとっ捕まえるところをしっかり監視しておいてよ」
「わかったわかった」
言葉の後半でふざけたシオンに雑な返事をしつつ、ハルマたちは指示通りに彼に続く。
一分もかからずにとある建物と建物の間の細い通路に続く曲がり角に差しかかったシオンは、そこで一度足を止めた。
「(この先にいるのか)」
何を言われたわけではないがシオンの態度でそれを察する。
同時に拳銃を握る手にわずかに力を込めていつでも引き金を引けるように準備を整えた。
そんなハルマの隣でシオンは軽く息を整えると、次の瞬間曲がり角から通路に一気に飛び込んだ。
すぐさまそれに続いて通路へと突入したハルマだったが、その時点で通路にシオン以外の存在は確認できなかった。
「かくれんぼは終わりだオラァ!」
荒々しい叫びと共にシオンの手から閃光弾のようなものが放たれて影で暗くなっている通路を照らす。
その光の中、今まで影も形もなかったはずの小さな影が通路の奥へと飛んでいくのがハルマの目にもはっきりと映る。
「ひー!」
鋭い声と共にシオンの影から飛び上がる謎の黒い物体。丸い形をしたそれはまるで示し合わせていたかのようにスムーズにシオンの右手に収まる。
かと思えば、シオンはそのまま体をねじりつつ右手を後ろに引いた。そして、
「そいやぁっ!」
右手の黒い物体をなんのためらいもなく逃げを打つ標的に向かって投げつける。
そのまま黒い物体は標的に向かって真っ直ぐに――
「って左にそれてるぞ!?」
黒い物体は明らかに標的よりもやや左に狙いがそれており、確実に外れる軌道を飛んでいた。
「バカかシオン! 運動音痴が動くもの狙ってもの投げて当てられるわけねえじゃん!」
「いや! いける! 多分」
どう考えても外れているものが当たるはずがない。
それを怒声混じりに指摘しようとハルマが口を開きかけたとき、視線の先の黒い物体が膨らんだ。
それこそ風船か何かなのかと思うような勢いで膨らんだ物体をよく見ると一対の目のようなものがあり、それが真っ直ぐにすぐ右にいる標的を捉えている。
さらに目のすぐ下あたりがワニが口を開けるかのように大きく開き、次の瞬間、大きな球状の体をぐいーんと右方向に伸ばして標的を丸呑みにした。
「っしゃ! ほらいけたじゃん!」
「八割ひーくんの頑張りだけどね!」
ドヤ顔を見せつけるシオンに対してナツミが叫ぶ中、標的を丸呑みにした黒い物体はぴょんぴょんと跳ねながらこっちまで戻ってきた。
そのままシオンの両手に収まったかと思えば次の瞬間形を変えて鳥かごのような形状になってしまう。
「……あれ? 驚かないの?」
「お前のやることにいちいち驚いてたらキリがないって気づいた」
「それはそれでつまんないなー」などと言っているシオンの手元には黒い物体が変形した鳥かご。
そしてその中には先程捉えた目標の人外がいる、のだが。
「……鳥かな?」
「鳥だな」
「鳥よね?」
鳥かごの中にいるのは一見すると普通の鳥にしか見えない。
丸呑みにされたショックからか気を失っているらしくほとんど動かないが、生きてはいるようだ。
動かないのをいいことにシオンは問題の鳥をじっくりと観察する。
「確かこれは……ハチドリ、だったかな」
「……ってことは人外とかじゃなくてただの鳥なんじゃね?」
「いや、それはないだろ」
確かに見た目は完全に鳥にしか見えないが、この鳥はシオンが魔法と思しき光で照らすまで姿を消していた。
普通の鳥にはまずできない芸当なので、何かしら異能の力を持つというのは間違いないだろう。
「んーまあとりあえず……艦長たちにお土産買って帰ろっか」
「帰るってお前……」
「気絶してるみたいだから話を聞くのも無理だし、情報聞き出すことになるんだから艦長は同席してたほうがいいだろ?」
確かにシオンの言い分はもっともなのだが、人外を人類軍基地に連れ込むのはいかがなものかと少し悩む。
しかし「このままマイアミの町中に野放しにしているよりはマシだろう」というシオンの指摘に、結局はアキトのもとへと連れ帰ることで決まった。
「お土産がふたつになったねー」
「……お土産と厄介事の間違いだろ」
ただスイーツ巡りに送り出しただけだったはずのシオンやハルマが、人外を拾っても戻ってくる。
そんな頭の痛い案件にこれから直面することになる兄を想い、ハルマは大きくため息を吐いた。




