10章-人外社会あれこれ①-
「そういえば、シオンは人外の社会ではどういう立ち位置にいるの?」
「……ふぁい?」
昼下がりの〈ミストルテイン〉の食堂。
たまたま同年代組の昼食の時間帯が被ったこともあって一緒にテーブルを囲んでいた中、リーナがおもむろにそんな質問を投げかけてきた。
「はんへひゅうひ?」
「とりあえずそのドーナツ飲み込んでから話してもらえる?」
「…………なんで急に? というか立ち位置ってなに?」
「前から気にはなってたんだけど聞く機会がなかったというか……シオンって【異界】の方まで存在が知られてたり、こっちの世界のすごい人外と仲が良かったりするでしょ?」
人間社会に置き換えると、日本暮らしなのに米国で名前が知られていたり、大富豪や大物政治家などと交流があるようなもの。
それはどう考えても普通のことではない。
「もちろん神子っていうのが特別な存在なんだってことはざっくり理解してるけど……人外社会でどんな立ち位置なのかとか、シオンの行動がどの程度人外社会で意味を持つのかなって」
「別にそんなのわかっても意味なくないか?」
「そんなことないわよ。もしかしたらシオンがなんでもないと思ってる人脈が和平とかに役立つ可能性だってあるでしょ?」
確かにリーナの言い分には一理ある。
≪始まりの魔女≫の異名を持つミランダが和平の味方になればこの世界はもちろん【異界】暮らしの魔女もこちらに協力してくれるだろうし、玉藻前が賛同してくれれば日本の妖の類はほぼ全員こちらにつく。
そのどちらもがシオンだけではなく〈ミストルテイン〉にも協力的だったので、すでにアキトからの相談でそのふたつの勢力は和平派についてくれているのだが、シオンがうっかり話をしていない人脈でさらに人外の味方を増やせる余地は十分にあるだろう。
「とは言っても、大きな人脈はミセスと玉藻様くらいなんだよね」
「そもそも、あの明らかにすごい人たちとどうやって知り合ったんだって感じなんだが」
「ミセスには師匠の弟子になったからか孫的な扱いをしてもらってる。玉藻様も師匠の紹介だったし……」
基本的にシオンの人外社会との繋がりはほとんどサーシャの持っていたコネクションがシオンにもできたという話なのだ。
元々は人間の両親から生まれて人間社会で暮らしていたのだから当然と言えば当然だろう。
「人脈うんぬんは一旦置いとくとして俺の人外社会での立ち位置ってなると……個人でやたら強い力を持ってる中立勢力ってことになるのかな?」
何かしらの集団やコミュニティに所属するでもなく、かと言って何かしらの目的を掲げて活動するでもなく。
ただ自身が平穏に暮らすことだけを考えるはぐれものの神。
それがシオン・イースタルであり≪天の神子≫だった。
「なまじそこらの人外なんて目じゃないくらいパワーがあるからひっそり暮らすのは限界があったけど、俺はあくまでのんびり平穏に生きることにしか興味なかったから。警戒されるでもなく、かといって積極的に仲間になれって誘われるでもなくって感じ」
悪事を働く気はもちろん、世界のために働く気なんてものもシオンにはないというのは外野から見てもわかりやすかった。
だから誰もそこに横槍を入れようとはしなかったわけだ。
「でも、それはそれで不思議というか……あんなとんでもない力があるとなると、いくらシオンがその気がないって宣言してても警戒されたり、自分たちの味方にしたいって思うんじゃないのかな?」
「確かに人間社会ならレイスが言うみたいになってたとは思う」
「人外社会だとそうはならないの?」
その辺りは、魔法の有無や個人の力の規模感の話になってくるだろう。
「まず、精神系の魔法があるから俺の言葉が本心かどうか見抜く術がある。だから俺が本気でやる気がないってのも割とライトにわかる」
「……言われてみたらそうなんだろうが、普通にとんでもないことだよな?」
「ハルマ、そこはツッコんでも仕方ないよ」
人間社会ならいくら宣言してようが本心まではわからないので管理下に置くしかないという結論になるところだが、人外社会ではそうはならないというわけだ。
「次に、俺の持ってる力が大きいから……まあ正直警戒したりしつこく勧誘したりして怒らせて揉めると損害がデカい」
「あー、そういう……」
「人間社会での“個人の強さ”なんてそれなりの組織が本気で潰しにかかれば普通に潰せるっすけど、シオン先輩がその気になったらそれこそ同格の神様引っ張ってこなけりゃあっさり蹴散らされるっすから……」
シルバの説明にハルマ、レイス、リーナ、ナツミの四人がなんとも言えない顔になった。
「放っておく分にはやばいことする可能性はなし。むしろ下手に突っつくと何やらかすかわからない。じゃあ普段は本人の好きにさせておいて、どうしても力を借りたい時だけ声かけよー……みたいな感じの扱いを受けてたってのが実態かな」
そういった人外たちの思惑に加えてミランダ・クローネという人外社会でも指折りの実力者の庇護下にいたので、万が一何かやらかしかけてもミランダが止めるだろうという安心もあり、そのような形に落ち着いたというわけである。
「お前、その気になれば人外社会で相当成り上がれたんじゃ……」
「やろうと思えばできたかもだけど、俺、そういうタイプじゃないじゃん」
「まあな」
別に権力が欲しいわけではなく、そこそこの稼ぎで平穏な暮らしができればいいのだ。
権力を持つことはシオンの幸せではない、という話である。
「つーかさあ、シオンって最近神子でドラゴンで魔物になったんだよな?」
「うん」
「それって人外界隈からなんか言われたりしてねぇのか?」
「……相変わらず変なところ鋭いな」
「変なところってなんだよー」とぶすくれるギルだが、実際に妙なところで鋭いのだからそれ以上の言い方はできない。
「ギルの言う通り何か接触があってもおかしくはないですよね? 前代未聞の存在とも言えますし……」
「んー、まあ、なんというか……面倒だし言わない方向で「ダメに決まってんだろ?」ですよねー」
想定外にツッコまれてウソをつくタイミングを逃したのでガブリエラの質問を雑に流そうと思ったのだが、ハルマがそれを許してくれるわけもなく。
「すごくシンプルに言うと」
「言うと?」
「ついこの間、“世界を脅かす脅威”に認定されたらしい」
しばしの沈黙。
「そんな大事なことシンプルな説明で片付けるな!!」
容赦のないハルマの拳がシオンの頭頂部を襲った。




