10章-運命とは-
夢を介してコヨミのところまで行っていたシオンはすでに目を覚ましていたが、自室のベッドに横になったまま考え事をしていた。
結論として、シオンは魔物の力を持つ“あの子”を見つけ出して止めなければならない。
それははっきりした。
「(でもまあ、どうやってそういう風に動こうか……)」
シオンはあくまで〈ミストルテイン〉の所属で好き勝手に動ける立場ではない。
問題の子供を探しに世界を飛び回るなんて真似はできないわけだ。
少しでも何かできればと、すでにミランダやサーシャ、玉藻前などの≪≪月の神子≫の事情を知る者たちには情報を共有してあるが、そもそも情報量は決して多くはない。
コヨミ曰く「運命がシオンとその子を巡り合わせるだろう」とのことだったが、それは探して見つけるというよりは必然で出会うということだ。
それが事実だとするなら、シオン以外の人外たちが探したところで見つかる可能性は低いということでもある。
最善はシオンが世界を飛び回ることでその運命を少しでも早く手繰り寄せることだが、それがままならないというのが難しいところだ。
「そんなに悩むなら、アキトの坊主でも巻き込みゃいいじゃねぇか」
「そうはいかないってわかってて言ってるよね?」
ひょこりと顔を出して意見を述べた朱月にも問題の子供のことはすでに話している。
実際そうやって〈ミストルテイン〉ができるだけ世界中を飛び回れるように配慮してもらうという手もなくはない。しかしアキトに話すという一点がどうしてもダメなのだ。
「ぶっちゃけもろに≪月の神子≫関連の話だし、そんなのアキトさんはもちろんハルマやナツミには話せない」
「≪月の神子≫のあれこれは適当に誤魔化しゃいい。あの魔物を呼ぶ石ころは普通に厄介なんだ。あれをどうにかするって話にすりゃあダメとはならねぇだろうよ」
確かに、そういうアプローチはできる。
世界を混乱させる魔物の力を持つ者をどうにかすべきというのはアキトだって少なからず考えているだろう。ただ、
「ちょっと前までならともかく、最近のアキトさんにそれが通用するかどうか……」
「あー、そういやあの坊主、最近シオ坊のウソ見抜くの引くほど上手くなってきやがったからなぁ……」
うっかり裏があると気取られてしまえば本当のことを話せと迫られるだろう。
普段ならそれに折れて話すという選択もできるが、≪月の神子≫関連となればそれだけは彼に話すわけにはいかない。
それを誤魔化すためにウソを重ねて、それを見抜かれて――という応酬に発展するような事態になれば最悪である。
「……ま、うだうだ考えなくともどうにかなるんじゃねぇか?」
「へ?」
「≪月の神子≫も言ってたんだろ? シオ坊とそのガキは出会う運命なんだ。何をしようと、逆に何もしなかろうと出会う時にはあっさりと出会う。……運命だと縁だのはそういう代物なんだよ」
諦め、というよりはそういうものとして受け入れているかのように朱月は運命について語る。
「……なんか意外。朱月はそういうの信じてなさそうなイメージだった」
「そうかぁ? 俺様結構そういうのは信じる質だぜ?」
シオンの言葉に朱月はいつものようにカカカと笑う。
「というか考えてみろや。≪天の神子≫が知らずに≪月の神子≫の血筋に出会って、本来誰も干渉できないはずの≪月の神子≫と夢を介して出会って、その≪月の神子≫に探せと請われたガキと同じ前代未聞の代物になった。……むしろここまでなっておいて運命だのなんだのを信じないシオ坊の方が頑固がすぎるってもんだろうよ」
おおよそコヨミに言われたのと同じことを並べ立てた朱月の言い分は確かに正論だ。
ただ、シオンは別に運命を信じていないわけではない。
「信じるとか信じないとか以前に、俺はそういうのが嫌いなんだよ」
まるでこの世の全てが最初からそう決まってしまっているかのような。
この世に生きる者たちが持つ思いや考えが大きな流れの前では無意味であるかのような。
そういう考え方が好きではない。
「嫌い、ねぇ……好き嫌いで覆せるもんだとは思わねぇが」
「だから嫌いなんだよ。……逆に聞くけど、お前の村が焼かれたのが運命だったって言われて納得できるわけ?」
朱月は何も言葉では答えなかった。ただ、彼の放つ気配が一瞬鋭くなった時点で答えは口にされたのと同じである。
「なるほど。確かにそりゃあ腹が立つ」
「だろ? だから俺は嫌いなんだよね」
大切な両親や友人たちが焼け死んだことが最初から決まっていたことだなんて言われて納得などできない。
≪天の神子≫となったからには平穏に生きることはできないなどと言われても受け入れられない。
【異界】の、セイファート王国の王女に生まれたというだけでガブリエラが多数のためにその心を無視されるのは看過できない。
≪月の神子≫としての力を持つが故に世界の人柱になることを強いられるなんていう状況を許せない。
それが世界で生きる以上は難しいことなのだとわかってはいるが、最も大事なのは生きとし生けるものが胸に秘める願いと心なのだと、シオンは思う。
「……天の名前を与えられておいて、天命を嫌うとはなぁ」
「望んでそんな名前もらったわけじゃないし」
「そりゃそうだ!」
おかしそうにカカカと朱月は笑う。
「まあ、なんだ。お前さんの話を聞いて俺様も運命とやらが嫌いになってきたが……あるって考えは変わらねぇ。実のところ、運命ってのを経験したことがあるんでな」
「……俺も現在進行形で経験中ってことにはなるんだろうけど、朱月はどんなのを経験したの」
「んなもん軽々しく話してやるわけねぇだろ」
「ここまで話しておいてそれかよ」
不満そうにするシオンの頭を朱月が子供にするようにぽんぽんと撫でた。
「そうさなぁ。気が向いたら話してやるさ。……多分、そう遠くないうちにな」
どこか意味深な言い方にシオンが引っかかりと覚えた時には朱月は霞のように消えていた。




