10章-魔女とのひと時-
〈ミストルテイン〉の一角にあるとある倉庫。
シオンのエナジークォーツ生成のために特別に用意してもらった一室には最新鋭の戦艦の中とは思えない古めかし燭台や大釜などが並べられていた。
そんなアンバランスな部屋の片隅でシオンは≪魔女の雑貨屋さん≫製のスマートフォン、通称マジフォンで通話をしていた。
「急なお願いだったのにありがとうございました、ミセス。これで問題なくエナジークォーツ作りができそうです」
『これくらいなら大したことないわ。ちゃんとお代はもらっているわけだしね』
この部屋にある無数の古めかしい物品は全てたった今≪魔女の雑貨屋さん≫から送られてきた商品だ。
元々注文すれば最短一時間ほどで届けてくれるのが≪魔女の雑貨屋さん≫のいいところだが、トップのであるミランダ・クローネに直接頼んだだけあってわずか十分で全て用意してもらえた。
『それにしても、随分しっかりと道具を揃えたのね。あなたの力があれば、ここまでしなくても生成はできたと思うけれど……』
「まあ、保険というか。手順は知ってても実際に作るのは初めてですし、失敗してもう一回やり直しーなんてやってる時間もないんで」
自信がないわけではないが、多少の手間で確実性を上げられるのならそれに越したことはない。
――それに、
『今のあなたがエナジークォーツを作るとなると、それなりの不安はある。ということね』
「なんだ、やっぱりヴィクトールさんから聞いてるんですね」
ヴィクトールとミランダが知人であることは知っていたのでその可能性には気づいていたが、どうやら彼女は先日の夜のことをすでに聞いているらしい。
そして彼女の指摘は当たりだ。
現在のシオンは神子でありドラゴンであり魔物でもある。
神子とドラゴンがエナジークォーツを作るというのは特に問題はないのだが、魔物がエナジークォーツを作るというのはかなりのイレギュラーだ。
実際シオンと近しい存在と思われるものが魔物を呼ぶ魔力結晶などという前代未聞の代物を作り出していることも含めて、どうなるかわからない部分がある。
「ぶっちゃけミセスの見解としてはどうです? 俺がエナジークォーツ作るとやばそうですか?」
『どうかしらね。少なくとも平常心のあなたが作る分には問題はないと思うけれど……わたしにとっても初めてのことだもの、はっきりとしたことは言えないわ』
「まあそうなりますよねー」
一〇〇〇年以上生きているミランダでこれなのだから、この世にそれがわかる者などきっといない。
そのくらい、シオンはこの世界においてイレギュラーな存在になってしまったのだと改めて突きつけられた気分だ。
『シオン、大丈夫?』
「ん? 元気ですよ? ご飯ももりもり食べてますし」
『わかっていてはぐらかさないでちょうだい。体のことではなく、心のことを聞いているの」
通話越しなのでミランダの表情は見えないが、声からシオンのことを心配してくれているのは伝わってくる。
『ただでさえ、≪天の神子≫としての力にそんな性質があったなんて誰も知らなかった。それなのに、ドラゴンだけならまだしも魔物の力まで得てしまうなんて……そんな状況に陥れば、驚くのも戸惑うのも不安になるのも当然のことなのよ?』
確かにミランダの言う通りだ。
ある日突然、人間として生きてきてある日突然ドラゴンの力を得たというだけでも大事件だというのに、さらにはこの世界を脅かす災いたる魔物の力まで得てしまったなんてフィクションとしても滅茶苦茶が過ぎるような状況。
大の大人であっても混乱のあまり気が狂ってしまうようなことなのかもしれない。
それでも、シオンは不思議とそんな気分ではないのだ。
「なんというか、大丈夫な気がします。……そんなことになっちゃった俺のこと、当たり前に受け入れてくれてる人たちがいるので」
シオンがこんな状態になっていることが明らかになっても近しい人々は心配こそすれどシオンを恐れたり拒んだりはしなかった。
今までと変わらず笑い合ってくれるし、少しだけこぼしてしまった弱音を受け止めてくれた男もいる。
「あんまりにも誰も気にしてなくて、それはそれで能天気すぎる気もするんですけどね」
『……そう。あなたは本当に良い人々と出会えたのね。これならきっと……』
「ミセス?」
『なんでもない……と言ってもあなたならいずれ察してしまうと思うから、包み隠さず話しておくわね』
そう言ってミランダは≪秩序の天秤≫の会議のことを話してくれた。
本来シオン当人に話すべきことではないように思うが、それでも話してくれたのは彼女のシオンへの信頼と、シオンに隠し事をすることで逆に話がこじれる可能性への警戒があるからだろう。
「……ま、俺がそっちの立場なら問答無用で殺してますからねえ」
一通りの内容――シオンがさらなる脅威になる前に殺してしまった方がいいという意見が出たことを聞き終えてのシオンの感想はさっぱりとしたものだった。
『あなたならそう言うと思ったわ』
「まあ、自分でその可能性に気づかないほど楽観的じゃないですし」
ギルの指摘があるまでピンと来ていなかったのは情けない話だが、今はその辺りも自覚している。
実際うっかり魔物の力に引っ張られて普段以上にノリノリで虐殺をやってのけた手前、今後似たようなことを繰り返す可能性も、行きすぎて魔物堕ちに至ってしまう可能性も否定はできない。
「そこまでわかってるなら潔く死ねって話かもしれませんけど、それはちょっと嫌なんでそこはよろしくお願いしますね?」
『当然よ。わたしにとってあなたは孫みたいなものだもの、そんなことになったら≪魔女の雑貨屋さん≫総動員で≪秩序の天秤≫と全面戦争よ』
「それ、俺が暴れるより普通にやばいんですけど?」
クスクスとミランダが笑う。
『とにかく、自分の状態には気をつけてちょうだい。何か異変があったらすぐにわたしにも連絡すること、約束よ?』




