10章-VIPがやってきた-
「――ということで、〈ミストルテイン〉はゴルド最高司令官が欧州に向かう道中の護衛することになった」
〈ミストルテイン〉のブリッジにてアキトがそう説明するとシオンを除く面々はなんとも言えない表情になった。
「えっと、護衛をすることになったのはわかったんだけど……なんで普通に最高司令官がうちのブリッジにいるの?」
「ですよねー」
アンナのもっとも過ぎる問いにシオンは同意しかない。
一方でアキトの隣に当たり前のように立っているクリストファーはただニコニコしているだけだ。
「護衛任務をするに当たって、ゴルド最高司令官の要望であえてこちらの船に乗ってもらうことになった」
「なんでまた」
「撹乱と、安全性の関係だよ」
アンナの問いにクリストファーが自ら答える。
「現状、私がどの戦艦に乗っているのかは敵にバレてしまっている。そのままその戦艦で移動しては狙ってくださいと言っているようなものだ。そしてこの〈ミストルテイン〉は就航以来まともに被弾したことはなく、強力なアンノウンとも戦える精鋭部隊。下手な人類軍基地よりもずっと安全だと思わないかね?」
言われてみればその通りで、クリストファーの言い分は合理的だ。
それにシオンたちとしてもどうせなら〈ミストルテイン〉にいてもらうほうが守りやすくはある。
問題なのは、この〈ミストルテイン〉はクリストファーに話していない秘密をいくつか抱えているという問題だ。
例えばガブリエラの正体。
今のタイミングで彼女が【異界】のお姫様であるなんて情報を上層部に与えてはどんな理容のされ方をするかわかったものではないのであえて伏せている。
「(まあこれはこの人相手なら最悪バラしてもいいんだけど)」
クリストファー個人ならシオンたちが警戒するような悪用はされないだろうし、そもそも普通に過ごしてもらっている間にバレるような内容でもない。
《太平洋の惨劇》に関するあれこれも日常会話でポロリと出てくるようなネタでもないのそこまで心配はない。
要するに問題なのは、すっかり慣れている日常でひょっこりバレてしまいかねない話題だ。
「(まあつまり、朱月のことなんだよね)」
人類軍にまだ報告してない上に、気まぐれにひょっこり現れては好きに散歩したりするあの鬼である。
シオンからの魔力供給をもう十分に受けている彼は、なんならシオンの知らないところで実体化して食堂で当たり前のような顔で食事をしていたりする。
〈ミストルテイン〉の船員たちはもうすっかり慣れてしまっていてツッコミも入らないが、他所の人間相手にそのノリは通じないだろう。
「(もういっそ朱月のことは正直に話すほうがいいよね)」
結果的にバレるより自分からバラすべき。クリストファー相手ならそれで済む気もする。
アキトの考えも大差はないだろうし、軽く相談してその方向で進めればいいだろう。
「シオ坊ー。酒が無くなったから魔女の連中に注文出してくれー、ひっく」
「そうだよねお前そういう鬼だったよねー!」
こちらの事情などお構いなしに顔を赤くして現れた子供の姿の朱月にシオンは盛大に頭を抱えた。
本当に酔っ払っているがためのうっかりなのか、シオンたちが出てきて欲しくないと思っているから逆に出てきた愉快犯なのかは定かではないが、シオンの影から酒瓶片手に堂々と現れた朱月にクリストファーはわかりやすく目を丸くした。
「どうやらその子は人外のようだが……その子についての報告は受けた覚えがないね」
「……説明します」
シオン同様頭を抱えたアキトがクリストファーに朱月についてあれこれと説明する。
「なるほど。私相手だからまあセーフだったけれど、他の軍人相手だと裁判ものだったよ? 注意しなければいけない?」
「ごもっともなんですけど、その軽さでいいんですかね?」
なんとなく大丈夫だろうと思ってはいたが予想をさらに超える軽さである。
シオンたちとしてはありがたい話ではあるが、さすがにどうなのか。
「正直、君たちが何かやらかしたとなると私の責任問題になってしまうからねぇ」
「あー……」
シオンはアキトから又聞きした程度だが、確かそんな話になっていたはず。
クリストファーからすれば良い悪いの問題以前に、隠すしかないという話なのだろう。
「それに、私としてはさらに自分の安全性が高まったということだからね! 悪い話ではないさ」
「まあそういう風にも考えられますけど」
実際のところ朱月が必ずしも信頼に値するわけではないのだが、話をややこしくする必要もないので黙っておくことにした。
「ほぉ、そこの爺さんはなかなか肝が据わってやがるな」
「初めまして、クリストファー・ゴルドだ。人類軍の最高司令官を務めている」
「ああそういうのはいらねぇさ。シオ坊を通してその辺のことは知ってるんでな」
朱月から話しかけられてもクリストファーは驚く様子もなく冷静に相手をしている。
その態度が面白いのか朱月がニヤリと笑みを浮かべる。
「シオ坊相手にも俺様相手にも怯まねぇとは、弱っちい人類軍も頭はなかなか骨があるらしい」
「ははは。光栄だね」
「で? そんな大物がなんでここにいるんだ?」
「……白々しい。どうせ大体把握してるんだろ」
「カカカ。なんだバレてやがったか」
酔っ払ったノリで出てきたにもかかわらずそれ以降は普通の調子でクリストファーと話をしていたのだ。
最初から隠す気も大してなかったのだろう。
「とりあえず、そこの爺さんは客人ってことでいいんだろ?」
「まあ、そうなるのかな?」
護衛対象。しかも最高司令官というVIPだ。
いくら戦艦とはいえ丁重にもてなすことにはなるだろう。
「つまり、他の連中と違って暇なんだろ? じゃあ酒盛りに付き合え!」
「何言ってんのお前!?」
「どいつもこいつも仕事仕事。いいかげんひとり酒も飽きてきてたしちょうどいいって話だ!」
「あっはっは、それはいいね! 最近忙しくてご無沙汰なんだ」
「ゴルド最高司令官も乗らないでください!!」
カカカあははと笑い合うふたりを前に、シオンは再び頭を抱えた。




