9章-蹂躙-
第一人工島への十六発のアンノウン誘導弾の発射。
爆発と同時にアンノウンを呼び寄せる効果を持つミサイルの性質上、それらが人類軍によって迎撃されることはなんの問題もなく、むしろテロリストたちはそれを想定していたくらいだった。
スポンサーの話では一発あたり最低でも中型アンノウンを十体、最大二〇体程度を呼び寄せられるという説明を受けているので、十六発あれば二〇〇程度のアンノウンは呼び寄せられる計算だ。さらに、二隻の偵察部隊のものを除くこの潜水艦を含めた四隻の潜水艦にはそれぞれあと十発のアンノウン誘導弾が残っている。
それだけの数を使ってアンノウンをけしかければターゲットである人類軍最高司令官を殺すことも難しくはない。
――そのはずだったのだ。
「どういうことだ……」
偵察部隊が島の周囲に事前に放った無数の探査用ドローンから送られてくる情報を前に、隊長である男はただ驚愕することしかできないでいる。
「何故、たったの一体ですら第一人工島に踏み入ることもできない!」
モニターに表示されているアンノウンの数は一〇〇をあっさりと超えている。
それが第一人工島の周囲を取り囲むように出現しているのも確認できる。
しかし、そのうちの一体ですら第一人工島に上陸することすらもできていないのだ。
本来であればアンノウンたちが第一人工島に上陸して人類軍たちと戦うのを高みの見物しているはずだったテロリストたちにとって想定外でしかない。
「偵察部隊からの映像データ、来ます!」
本来はアンノウンたちの標的になるのを避けるために作戦開始とともに退避させておいた偵察部隊が第一人工島に再接近し、潜望鏡からの映像データを送ってくる。
その映像に映るものに、隊長は再び驚愕する。
「空中のあれは、なんだ……?」
映像の先では人工島の上空に巨大な円形の紋様が浮かんでいる。
いわゆる魔法陣と呼ばれるものであることはわかるが、一体それがどういうものなのかはテロリストたちにはわからない。
『詳細は不明ですが、あの紋様の下にはアンノウンが立ち入れないようでして……』
「まさか、人類軍の防衛機構とでもいうのか……?」
あんなものが開発されているなんて情報は聞いたこともないが、人類軍が異能の技術も活用しつつ新兵器の開発を進めているという話はある。
実際あの魔法陣が第一人工島を守っているのならその可能性もあるだろう。
だとすると、アンノウンをけしかけるという計画の根幹が成り立たなくなってしまう。
作戦の失敗を悟り、撤退も視野に入れ始めた隊長だったが鳴り響いた警報に意識が引き戻される。
その直後、偵察部隊からの映像の中で閃光が夜闇を切り裂いた。
かと思えばモニターに映し出されていたアンノウンの数が一瞬にして二〇ほどロストする。
続けて同じような閃光が何度か走り、その度に同じ程度の数のアンノウンが消えていく。
「人類軍の攻撃か?」
『不明です! ただ、西側の港周辺以外に機動鎧や戦艦の反応は確認できていません!』
「馬鹿な、今アンノウンが消えたのは東側だぞ!?」
もし報告に誤りがないのなら、人類軍の戦力が割かれていない場所でアンノウンが消滅したことになる。しかも一瞬にして二桁の数が、だ。
「隊長、さらにアンノウンが消滅! 残数二〇を切りました!」
「クソッ……アンノウン誘導弾、残弾全て発射する! 作戦が失敗しようとも、せめてアンノウンを迎撃しているものの正体は暴くぞ!」
さらに言えば今以上に大量のアンノウンを送り込めば謎の魔法陣を突破して第一人工島に侵攻できる可能性もある。
それに何より、なんの成果も得られず何が何だかわからないが失敗しました、なんていう屈辱的な結果で終わるわけにはいかない。
部下たちも同じような思いを持っていたのか、隊長の指示に各部隊から力強い返事が届く。
そして四方に散らばっている四つの潜水艦から各十数発のアンノウン誘導弾が一斉に発射された。
その瞬間、隊長は何者かの視線を感じて咄嗟に振り返る。
しかしそこには何もない。閉塞的な潜水艦の中なのだから当たり前と言えば当たり前だ。
「隊長?」
「なんでもない。ミサイルはどうだ?」
「全弾、順調に第一人工島に向かっています」
モニターには報告の通りにミサイルの反応が表示されている。
そして再び映像の中で閃光が夜の闇を切り裂いたかと思えば、その全てが迎撃されたことがモニターに示された。
「(やはり、人類軍の兵器なのか?)」
映像からわかることはなんらかの光学兵器と思われることくらいだろうか。
かなりの射程があるそれでアンノウンやミサイルを薙ぎ払っていると見るのが妥当だろう。
『な、なんだ!?』
隊長が冷静に分析する中、通信越しにそんな声が聞こえてきた。
「第三攻撃部隊、どうした?」
『今、潜水艦が不自然に揺れて……!? おい、今悲鳴が聞こえなかったか!?』
通信先の第二偵察部隊の船員たちがざわめくのが通信越しにもわかる。
『誰か、様子を――ひぃっ!? な、なんだ、ひぎゃ!?』
そこからは何もわからない。ただ言葉にもなっていない悲鳴や発砲音、破壊音が数秒間続き、そのまま何も聞こえなくなった。
「どうした!? 第三攻撃部隊! 応答しろ!」
大声で呼びかけても返答はない。
通信自体が途絶したわけではないようだが、誰も応答しないのだ。
「第三攻撃部隊の潜水艦は?」
「健在のようです。反応自体は依然人工島の西側に」
通信が切れていないことも含め、人類軍に発見されて撃沈されられたわけではないらしい。
「だとすれば今のは?」
「……まるで潜水艦の中に敵がいた、みたいに感じられましたが」
海中深く潜っている潜水艦に侵入できるはずがない。と否定するのは簡単だ。
しかし悲鳴や何者かに対する発砲、そして潜水艦が無事にもかかわらず通信に応じるものがいない状況を考えるなら、艦内に敵対者が現れたという可能性はゼロではないように思う。
「……待て、やけに静かじゃないか?」
つい先程までは何かしらの報告が他の潜水艦から届いていたはずだ。
それが気づけば、この三分ほどの間第三攻撃部隊を除く四隻のどこからもなんの通信もきていない。
嫌な予感を覚えつつ第二攻撃部隊へと通信をつなげる。
「第二攻撃部隊、応答しろ! ……おい、どうした!?」
第二攻撃部隊の潜水艦の反応はロストしていないにもかかわらず、呼びかけに応じる声はない。
最悪の可能性が頭を過ぎる中、別の潜水艦へと通信しようとしている、その時だった。
「無駄なことはやめておきましょう。どうせどこにもつながりません」
覚えのない声に弾かれたように振り返れば、まるで最初からそこにいたかのように異形の者が立っていた。
ボロボロのスーツにところどころが黒い鱗に覆われ、コウモリのような翼をせに生やす姿に部下のうちにひとりが悲鳴をあげた。
異形の者は赤い瞳で悲鳴をあげた部下をチラリと見ると、乱雑に右手を振るう。
ヒュンと風を切る音が鳴り、一拍遅れて悲鳴をあげた部下の首が落ちた。
その光景に今度は多くの部下が悲鳴をあげるが、異形の者は驚くでもなく、再び腕を振るってその全員の首を落とす。
残されたのは驚きのあまり悲鳴の出なかった隊長とそばに控える若い男のふたりだけになった。
「貴様は、なんだ?」
「機嫌の悪いドラゴン」
本気なのかふざけているのかわからない言葉を返しつつ、異形の者はこちらを見て少し考える素振りを見せる。そして、
「ふたりはいらないな」
それだけ口にして、それまでと同じように腕を振るい、隊長の隣にいた若い男の首を落とした。
「何故……?」
「情報吐かせるのにふたりもいらないから」
思わずこぼれた疑問になんの感情もなく淡々と答える。
「俺もこの十年で成長したから、とにかく皆殺しになんてしない。お前ひとりはひとまず生かしておく。……だから、素直にどこのテロ組織の所属か教えてよ」
滑るように隊長のそばまで近づいてきた異形の者はにこりと微笑んでこちらを見上げる。
「……話せば、殺さないでくれるとでも?」
もちろん隊長たる男に話す気などない。
異形の者に恐怖しつつも、自分の命惜しさに仲間を売ることなど決してするつもりはないのだ。
そんな男の挑発するような言葉に目の前の異形は笑みを深めた。
「そんなわけないだろう、人間」
小さな衝撃とともに腹部に痛みが走る。見れば、異形の者の鱗に覆われた右手が腹に突き刺さっている。
笑みを消し去り雰囲気すら変わった異形の者は突き刺したままの右手を捻り、蠢かせて隊長に苦痛を与える。
「話せば楽に死なせてやるが、話さぬ限り死なせん」
乱暴に引き抜かれた右手についに痛みから声が出てしまったが、次の瞬間不自然に痛みが消えた。
確かめるように腹部に触れるが、血に汚れてはいても傷は跡形もなく消えている。
「貴様に死以外の道はない。我に仇なしておいてまだ生きていられると思うなど本当に人間とは愚かなものだ」
次の瞬間右目に激痛が走る。しかし思わず右目を覆った時には血の跡はあれど右目は無事だ。
「ああ忌々しい。面倒なことなどやめて今すぐ八つ裂きにしてやりたいというのに!」
左腕が捩れるようにさまざまな方に捻じ曲げられ、折られ、激痛が走る。それでもやはり一瞬のうちにそれは癒されている。
息をするように激痛を与えては瞬時にそれを癒す。話さぬ限り死なせないという言葉の意味を嫌というほど理解して、隊長たる男はついに恐怖からその体を震わせ始めた。
「……おお、少しは気分の晴れる顔をするではないか人間。それではお前の仲間たちのことを話してみせよ」
赤い瞳を細めて愉快そうに口元を歪める異形を前に、ひとりの男は声もなくその場に崩れ落ちた。




