2章-監視つきな休日④-
たっぷり二時間かけ、店の人間の笑顔が若干引き攣るくらいに大量のケーキを平らげたシオンたちは意気揚々とホテルを後にしてマイアミの町に出た。
気持ち的にはかなり満足できているのだが、実際のところはまだ九品のご褒美が残されている。
そのためシオンの町を行く足取りはとても軽い。
「それで、他にも店はいろいろピックアップしてくれてるんだよな?」
「まあね。基本的には洋菓子店多めでショッピングモールとかも調べておいたから書店にも行けるわよ」
「さっすが俺の好みわかってるな~」
「好みも何も、基本的に食う・寝る・本読むの三択しかないだろ」
ナツミの答えに満足するシオンのやや後方からハルマの呆れた声がかけられた。
事実シオンの好きなことなどそんなものなので反論はできないところだ。
「それはともかく本屋はいいや」
「いいの? 今後本屋に立ち寄れる機会なんてあるかもわからないし、シオンは確か紙書籍派よね?」
リーナが心配しているように今後こういった買い物ができる機会がいつあるかは正直わからない。
それを踏まえるならスイーツ類のような食品よりも書籍などを買うほうがいいかもしれない。特に紙の書籍を好んでいるシオンの場合なら尚更だ。
その辺りはもちろんシオンも理解しているが、それでも今回は書籍よりもスイーツを優先したい。
「実は本についてはしばらく困らないというか」
「困らない?」
「ほら、この世には学割ってもんがあるじゃん?」
シオンの言葉の意味を理解出来ずに首を捻るハルマたち四人。
そんな四人に対してシオンの性格をこの中で最も理解しているギルはそっとヒントを出した。
「士官学校の購買部、書籍類三割引きなんだよな」
「……三割引きで買えるだけ買い漁ったのか」
「ちなみに俺みたいな親無し孤児の場合、申請すればさらにキャッシュバックもあるよ」
ぐっと親指を立てたシオンに向けられる四人の目が若干冷たいが特に気にしない。貰えるものを貰って何が悪いのかというのがシオンの主張である。
「だとしてもよく艦内に持ち込めたね。他の船員以上にチェックも厳しかっただろうし」
「……まあ言ってないし」
「…………え?」
「…………」
レイスの視線に対してそっと顔ごと目線をそらすシオン。加えてあえての無言。
一般的にこれだけ深く聞くなオーラを出せば諦めてくれるところだとは思うのだが、この場にひとり、その程度では誤魔化されてくれない男がいた。
「その辺の話詳しく聞こうか」
背けている頭を左手で鷲掴み強引にシオンの顔を正面に向かせた上で至近距離で睨みつけてくるハルマ。
正義のヒーローっぽいと勝手に称したのはシオンだが、そのイメージに全くそぐわない若干血走った目にシオンは目だけを必死にそらす。
「なんていうかこう、あるけどないというか、普段館内にはないんだからそれは持ち込んでいるとは言わないと思うっていうか」
「もっとちゃんと説明しろ。今すぐ悪判定してやろうか? ん?」
「そんな流れるように悪認定されるもんなの!?」
ハルマの私服はスラリとしたパンツにTシャツ、その上にジャケットを羽織っているというスタイルなのだが、すでに右手はそのジャケットの内側――より具体的に言えばジャケット内側のホルスターに伸ばされているわけで。
つまりどういうことかと言えば、拳銃発砲五秒前である。
「わかった! わかったからこんな往来で物騒なもん取り出すのはやめて!」
シオンの必死な反応にちゃんと説明する意思があると判断したのか左手を話してくれたハルマにほっとする。
ちなみにこの間レイス、リーナ、ナツミはハラハラした様子を見せていたが、ギルは特に狼狽えるでもなくあくびをしていた。
この親友にして相棒はシオンの悪いところもよく知っているので、シオンに非があると判断すればあまり庇ってくれないのである。
とりあえず往来で立ち止まるのもよくないので歩きながら説明をすることにする。
「まず前提として、俺が〈ミストルテイン〉に持ち込んだ荷物はスーツケース一個分ってことになってる」
「……まあ戦艦に乗るなら大体そんなもんだな」
「でも、実際の俺の所有物全部ってなると……ざっくり十畳の部屋くらいはあるんだよね」
「意味がわからないんだけど……?」
ナツミが不思議そうな顔をする前でシオンはパーカーの裾から服の内側に右手を突っ込むと、そこからハードカバーの書籍をひとつ取り出した。
「……は?」
「とりあえず持ってて」
一拍遅れて声を上げたナツミに書籍を渡し、さらに同じ行動を繰り返して書籍を三冊と、その書籍を入れるのにちょうどいいトートバック、ついでにキャップをひとつ取り出してかぶって見せた。
これだけ繰り返して見せればハルマたちもその正体を察することができるだろう。
「それも異能の力ってことか」
「影の中にものをしまい込む魔法。めちゃくちゃ便利だからなんでもかんでもしまい込んじゃうんだよね」
自分自身や身に纏うものなどによってできた影であれば、基本的になんでもかんでも収納できてしまう。
あえて言うなら大きいものをしまうのは出し入れが少々面倒なのであまり推奨されないくらいのものだろうか。
「基本的には影の中ってことになると艦内に持ち込んでいるとは言い難いと思うんだよね」
「完全に屁理屈だろ……」
「でも事実だし、元々あんまりプライベートに口出ししないっていうのは契約の範疇だからさ」
個人的な所有物となればかなりわかりやすいプライベートなので、契約に従うのであれば人類軍に口出しする権利はないのである。
そうでなければシオンだってもっとちゃんとこの魔法の存在を隠している。
「それはともかく、こんな往来で魔法を使うのは危ないんじゃ……」
「ちゃんと認識阻害やら幻術やら諸々駆使して隠しておいたから大丈夫」
リーナの心配に手をヒラヒラと振って答えるが、当然シオン以外のメンバーにはわからない。
説明が面倒なので大丈夫ということだけ理解してもらえればシオンとしてはそれでいいのだが、そうもいかなそうだ。
ギルだけならば本当に説明なしで済むのだが、ままならないものである。
「炎よ」
短い言葉に応えるように真上に掲げた掌から放たれる炎。
真っ赤な炎は真っ直ぐ上に伸び、三メートルほどの火柱となって空気を焦がす。
「シオン! いきなり何を!?」
「そんなことより周りをよく見てみてよ」
「周りって……」
シオンに促されて周囲を見回すハルマたちはすぐに異常に気づいて目を見開く。
「なんで、誰もこっち見てないの……?」
シオンの手から火柱が上がっていてもそれを見たハルマたちが騒いでいても、周囲の人々は視線のひとつも寄こさない。
まるで見えていないかのように、ただすぐそこを誰もが素通りしていくばかりだ。
「人から見えなくなる魔法なのか?」
「いや、見えてはいるけど気にならなくなるタイプの魔法だよ。見えなくなるとぶつかったりしてバレることがあるから」
人々にシオンたちが見えていないわけではなく、気にならない。あるいは風景の一部として認識してしまう。そういう風に誘導する魔法だ。
幻術も使って光学的にも誤魔化しているが、それは人間用というよりは監視カメラなどに対応するためのものである。
「なんでもあり過ぎて気が遠くなってきた」
シオンの説明を聞き終えたハルマが頭を抱えている。
レイスとリーナも反応としては同じようなもので、場合によってはこれらの魔法を扱う人外と直接戦うことになるかもしれない機動鎧のパイロットたちとしては気にかかるのだろう。
「まあでも、魔法の類は基本的に機械には効かないからさ。カメラとセンサーがあればなんとかなると思うよ」
数日前まで人類軍の悩みの種だったステルス能力を持つアンノウンたちの問題も、先日十三技班がテストなしで使ってみせたセンサーの改良案が本部経由で各地の部隊に共有されたことで解消に向かっている。
シオンが今回使っている認識阻害の魔法は機械類には効果が全くないし、魔法を使っている以上センサー類の反応を誤魔化すのは至難の業である。
ハルマたちはとても心配しているが、案外近代科学は人外たちに対して効果的なのだ。




