9章-魂の変質②-
警報が鳴り響く中、アキトの端末が〈ミストルテイン〉からの通信を知らせる。
周囲の他のメンバーにも状況がわかるよう、スピーカーモードで通信に応じた。
「こちらアキト・ミツルギ! 何があった!?」
『な、何者かがこの第一人工島に攻撃を仕掛けてきています!』
慌てた様子のコウヨウの報告にその場の空気が緊張する。
「被害は!?」
『現時点ではありません。四方から飛来したミサイル十六発は全て迎撃に成功したそうです。……ただ』
「何か問題があるのか?」
『ミサイル迎撃と同時に特殊な魔力反応が検知されました。解析の結果、反応パターンがテロリストたちによって使用されていたアンノウン誘導装置のものと一致します』
「それは……」
つまり、この後アンノウンがこの島の近辺に大量発生するということだ。
「状況は?」
『すでにアンノウン出現反応は多数確認されています。人工島の防衛部隊並び催しに合わせて派遣されていた護衛部隊が既に迎撃準備に入っていますが、護衛部隊のほとんどは日中に島を出発した招待客たちを送り届けるために島を離れてしまいました。とても戦力が足りるとは言い難い状況かと』
「防衛部隊から〈ミストルテイン〉への支援要請は?」
『既に来ています』
であればアキトたちは今すぐ〈ミストルテイン〉に戻ってアンノウンたちの迎撃のために飛び立たなくてはならない。
「第一種戦闘配備。準備が完了し次第すぐに離陸! 俺たちは空間転移で戻るから到着を待たなくていい!」
『了解しました!』
通信をひとまず切ると同時にアキトは慌ただしく席を立つ。
「ということですので、俺たちは失礼します! シオン、空間転移の準備を……シオン?」
ヴィクトールに最低限の挨拶をしつつシオンに指示を飛ばすが、普段なら指示を出す前に返ってきていてもおかしくないはずの応答がない。
違和感を覚えつつシオンを見れば、彼は立ち上がることもせず俯いている。
「シオン、どうかしたのか?」
何やら様子のおかしいシオンにアキトは咄嗟に歩み寄ろうとするが、
「ダメだ!」
部屋中に響く鋭い声と同時にわずかな浮遊感。
ほんの一瞬の視界のゆらぎの直後、アキトはもちろんまだ席に着いたままだった面々は椅子ごと部屋の端に移動させられていた。
「スカーレット会長?」
鋭い声の主であり、今アキトたちの前に立つ男性に思わず呼びかけた次の瞬間、何かが爆発したかのような突風と、それと同時に襲いかかってきた悪寒がアキトたちに襲いかかった。
「なん、だ、これは……!?」
咄嗟に発した声はアキトの意志とは別に不自然に震える。
理性より先に本能が感じ取った恐怖に口が上手く回らないのだ。
突然に部屋中を満たした強大で禍々しい魔力の気配。その発信源はすぐに見つけられた。
「……シオン?」
ひとり部屋の隅に移動させられていなかったシオンが、先程アキトが目にした俯いた姿のまま小さな体から目に見えるほどの黒い魔力を迸らせている。
どう見てもアキトが恐怖している気配はシオンから発せられている。
「――――たなのか?」
何故と問いかけるよりも先に、シオンの声がわずかにこちらまで届いた。
「またなのか? またこの島が傷つけられるのか?」
小さく、しかしはっきりとした声で発せられた問いかけの響きに背筋が凍る心地がする。
「あの日何もかも壊しておいて悲しみと痛みで満たしておいて何もかも失わせておいてまだこの島に手を出そうっていうのか?」
俯いていた顔を、シオンの右手が覆う。
その右手の隙間から覗いた瞳は赤く染まりきっていた。
「「「「「ゆるさない」」」」」
シオンの声に複数の男性や女性の声が重なり、同時にシオンの輪郭がぶれる。
それを前にしてアキトの頭に過ったのはシオンによって見せられた十年前の復讐劇の様子だ。
しかし、それだけでは終わらない。
「……何よ、あれ」
アンナが思わずといった様子でこぼすその先で、シオンの右手の一部が黒い鱗に覆われる。
よく見れば右手だけではなくテーブルについている左手も、右手の隙間から見える顔にすらその変化は見られた。
「愚かなる人間、我が守りしものを奪わんとする略奪者ども、忌々しい、ああ忌々しい……!!」
シオンがそう吐き捨てる中、ヴィクトールとガブリエラのふたりがアキトたちをシオンから守るように立つ。
次の瞬間、シオンの周囲で突如燃え上がった黒い炎が部屋中を染め上げる。
ほんの一瞬の出来事だったが、ヴィクトールとガブリエラが防壁で守ってくれていなければアキトたちも無傷ではすまなかっただろう。
「……なるほど、そういうことだったのか」
アキトたちを庇ったままのヴィクトールは何かを理解したらしい。
「どういうことですか?」
「彼の魔力、もとい魂の変質の原因がわかったよ。……どうやら≪天の神子≫は喰べたものの影響を受けることがあるらしい」
「喰べたもの? 影響?」
「見たところ、あの黒い鱗は竜のもののようだよ」
そこまで言えばわかるだろうとでも言いたげなヴィクトールの視線に、アキトは理解する。
竜の鱗、黒い炎。そのふたつの特徴を有するものを、シオンは確かに喰らった。
「ファフニール……!」
アキトがそう口にした瞬間、正解だと答えるかのようにシオンの背に勢いよく竜の翼が生えた。
言い訳のしようがないほどに異形の姿に変じたシオンにアキトたちが言葉を失う中、わずかにシオンの纏う空気が鋭さを納める。
「――アキトさん」
ぽつりと口にされた呼びかけに先程までの禍々しさはない。
普段通りのシオンのものだ。
「シオン、お前大丈夫なのか!?」
「ははは、この状態見てまずは俺の心配ですか……」
呆れたようにシオンは笑う。ただその表情はどこかぎこちない。
「すいません。余裕ないんでこっちの言いたいことだけ言います」
アキトが何かを言うより先にシオンは言葉でそれを制する。
「外の魔物、全部俺が殺します。今最高に機嫌が悪いので手加減できません。なので、人類軍のみなさまは下がっててください……巻き添えで死ぬなんて嫌でしょう?」
いつものように冗談めかして微笑むシオンだが、赤く変わり果てた瞳の奥には禍々しい気配が見え隠れしている。
冗談ではなく、今のシオンは魔物を殺すと共に人間すら殺してしまいかねないのだと嫌でも理解できた。
「そういうことで、よろしくお願いしますね」
そう言い残して、大きく翼を広げたシオンはその場から消えた。




