9章-第一人工島南東 海底に潜む悪意-
――第一人工島南東
船影ひとつない夜の海。その海中に一隻の潜水艦の姿があった。
「……偵察部隊から入電。ターゲットは第一人工島からまだ移動していないとのことです」
「わかった、情報通りだな」
報告を受けた男性は淡々と答えているが、どことなくその表情は険しい。
「隊長、情報通りなのに何か問題が?」
「いや、問題はない。……少しできすぎていると感じただけだ」
隊長と呼ばれた男の隣に立つ少し若い男は隊長の言わんとしていることが理解できないのか首を捻っている。
「気にしなくていい。我々には関係がないことだ」
「そうですか。……それにしても、パーティーが終わってから丸一日人工島に残るなんて、ターゲットは案外暇なんですかね?」
軽い調子で話す若い男に隊長は冷静に首を横に振る。
「今回の催しは人類軍関係者よりも民間の企業や報道機関からの参加者の方が多い。ターゲットは戦艦で人工島に入港したようだからな。有事の際には自ら前線に出て非戦闘員を守れるようにとギリギリまで残るつもりなのだろう」
「はっ、人類軍のお偉いさんだってのにご立派なもんですね。……まあ、そこを俺たちに突かれちゃあざまぁないですけど」
あざ笑うようにそう言い捨てた若い男は他の船員たちに軽く声をかけて回り、全員の答えを確認してから隊長に向き直った。
「偵察部隊はすでに安全圏まで離脱完了。各潜水艦も滞りなく予定ポイントで待機しており、スポンサーから提供された例のミサイルもいつでも発射可能とのことです」
「わかった」
若い男の報告を聞いた隊長は改めて自分たちの状況と、この作戦の直前に通信越しに話をしたスポンサーについて考えを巡らせる。
「(作戦のために例のミサイルだけではなく旧式とはいえ潜水艦まで揃えて提供してきた資金力に、人類軍の重要人物であるターゲットの予定についての正確な情報。……そこらの犯罪組織や裏社会の権力者にできるような芸当ではない)」
通信越しとはいえ映像はなかったので顔などわからないし、音声にも細工がしてあったのは明らかで性別すらも断定はできない。
信用に足る要素はないが提供される物資や報酬が魅力的で話に乗る価値はあると判断したものの、情報のあまりの正確さに少し迷いが生じている。
「(ターゲットが消えることは我々にとっても利益があるが……それ以上に人類軍内部の権力争いに利用されているのかもしれん)」
スポンサーがそこらの犯罪組織や裏社会の権力者でないのなら、残る候補など人類軍内部の権力者くらいなものだ。
それが、敵対勢力であるとも言える自分たちテロリストにこうして同じ人類軍の重要人物を消すように働きかけてきているということは、そういうことなのだろう。
このままその策略に利用されていいのだろうかと少し考えたが、すぐにその迷いを振り切った。
例え利用されているのだとしても、資金も物資も戦力も足りていない自分たちにその程度のことを心配している余裕などない。
少なくとも潜水艦や提供された物資に爆発物などが仕掛けられていないことは確認できている。利用するだけ利用されたのちに消されるということはないだろう。
「(テロリストまで利用しようとするとはどれほどの外道だか知らないが、ここは思惑通りに動いてやろう)」
ひっそりと覚悟を決めた隊長は顔を上げて声を張り上げた。
「これより、人類軍最高司令官クリストファー・ゴルド殺害作戦を開始する! 全艦ミサイル発射準備!」
号令に対して各潜水艦からすぐに発射準備が問題なくできた旨の返答がくる。
「目標、第一人工島。アンノウン誘導弾、発射!」




