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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
9章 暗中模索
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9章-吸血鬼との会食②-


アンナによる拳骨というなの制止(物理)によってシオンが大人しくなった後、アキトはあてにならないと判断したミスティがヴィクトールに謝罪する。

なかなかに珍しい状況だと茶化したい気持ちはありつつも、再びアンナの鉄拳制裁が行われても嫌なので黙っておいた。


「あっはっは、気にする必要はないとも。今回のことは、レディに対して不躾なことをした私が悪いのだからね」

「とはいえ、その、彼は完全に攻撃の意思があったわけですが」

「何、それだけ彼女を大切にしているということさ。……私も若かりし頃は最愛のマリアを異端の魔女呼ばわりした愚かな者共を皆殺しにしたものだよ」


再びあっはっはと笑うヴィクトールにミスティが反応に困って愛想笑いを返している中、アンナがこっそりシオンに声をかけてくる。


「え、あれは冗談? マジ?」

「マジだと思いますよ?」

「……アンタといいあの人といい、人外ってそんなのばっかりなの?」

「実際そこまで珍しい価値観ではないかと」


自分や身内に危害を加えられれば怒る、ということに人間も人外も変わりない。

その上で、割とライトに命を奪えるような魔力や膂力がある人外であれば「よし殺そう」くらいの軽さで行動に出てもおかしくはない。

人間と違って殺すための準備がいるだとか、法で裁かれるだとかの障害がないのである。


「改めて昨晩の無礼については謝罪させてもらいたい。怖がらせてしまって申し訳なかった、ナツミ君」

「あ、はい、不法侵入みたいになってしまった私も悪かったですし、大丈夫です」

「シオン君も、君としてはあの程度では殺したりないだろうが、ひとまずは許してほしい」

「……殺したりない?」


シオンよりも先にミスティがヴィクトールの発言を拾った。

意味がわからないとばかりに首を捻る彼女に対してヴィクトールはあははと笑う。


「昨晩、滅多刺しにされた時に心臓を貫かれてしまったから、一度は死んでいるんだよ」


「それだけでシオン君の怒りが収まるかは怪しいんだが」と朗らかに笑いながら自分の死を報告してくるヴィクトールにナツミやミスティが微妙な顔をするが、相手は吸血鬼だ。

感覚とすればちょっと転んで擦りむいたくらいのものでしかないだろう。


「……まあいいです。一回殺せてはいたみたいですし、昨日の件は手打ちにしましょう」

「よかった。代わりと言ってはなんだが謝罪のために多少の要望を聞くつもりはあるから何かあれば言ってくれたまえ」


とりあえず昨晩のシオンの地雷を踏み抜いた一件についてはこれで一件落着となった。

それからヴィクトールはコホンとわかりやすく咳払いする。


「話を戻そう。そちらから質問がいろいろとあるのだろう?」

「……そうですね。いろいろと話を伺えればと思います」


代表して口を開いたアキトはまず、何故ヴィクトールが≪スカーレット・コーポレーション≫という人間社会向けの企業を立ち上げたのか、と尋ねた。


「簡単に言えば、暇を持て余していたんだよ」


そしてその答えはあまりに雑なものだった。


「自己紹介でも触れたように私は吸血鬼。しかも真祖と呼ばれる存在でね。数百年生きてきたし、これからもまた長い年月を生きることになる。……五百年ほど前に妻を亡くしてからはやる気も起きず怠惰に生きてきたんだが、まだ先の長い生をそのまま過ごすのは勿体ないと数十年前に思い至ってね。商売に手を出している先達に習って私もやってみようと思ったわけだ」

「先達?」

「ミセス・ミランダさ。君たちも知っているだろう?」


とにもかくにもその気になったヴィクトールはミランダを見習って商売に手を出すことにした。

しかし人外向けの商売を今更始めたところで≪魔女の雑貨屋さん(ウィッチ・マート)≫には劣るしつまらない。

ということで、あえて人間向けの商売をしてみることにしたのだそうだ。


「そんな調子で始めたのに今となっては世界的大企業ですか……」

「年季が違うというやつさ。積極的ではないとはいえ数百年人間を観察してきていれば、人間が何を望むのかくらいは自然と見えてくるし、才能ある人間を見抜くのも上手くなる」


人間には決して真似できないであろ数百年単位の経験を根拠にした舵取りと人材発掘。

それらをフル活用して今の≪スカーレット・コーポレーション≫ができあがったということらしい。


「≪スカーレット・コーポレーション≫が人類軍への協力している理由は?」

「表向きは人間社会の企業なんでね。声をかけられて、うちの会社にも利があるからゴーサインを出した。……とはいえ、今はもう具体的な経営は頼れる部下に丸投げ状態だから私は本当にゴーサインを出しただけなんだけどね」

「…………」


ヴィクトールはあっさりと答えたが、アキトはそれをそのまま信用はしていないのかじっと彼を見つめている。シオンも同じようなものだ。


「本当に最初はそんな感じだったんだよ」

「最初は、ということは途中から事情が変わったと」

「そうだね。協力を始めて少しした頃に、人類軍に所属している旧知の一族の末裔と出会ったのさ」

「旧知の一族、ですか?」

「古くからある錬金術師の家系でね。百年ほど互いに連絡を取っていなかったんだが、祖先の手記で私のことを知っていたらしい」


その錬金術師の末裔と話をしているうちに意気投合し、以降は人外側としても裏で力を貸すようになっていったのだという。


「対異能特務技術開発局への出資や宝物の提供も、その一環というわけですか」

「そうとも。宝物の類の件は一応偶然という体にはしているけれどね」

「あんなもんが偶然で出てくるとかだいぶおかしいですけどね」

「その判断を下せるのは多少なり人外の側に縁のある人間に限られるから問題ないさ」


ひとまずはここまでで人類軍内部にヴィクトールの言う錬金術師の末裔がいることと、おそらく問題の人物が上層部に所属しているであろうことまではわかった。

あと、あえて聞くとすれば――、


「その錬金術師の末裔とやらのお名前、聞いてもいいですか?」

「さすがにそれはダメだね」

「まあそうですよね」


ダメ元の質問は当然のように答えてはもらえなかった。

予想通りといえば予想通りのことだ。


「じゃあ別の質問です。その錬金術師さんとあんたの目的はなんですか?」


対異能特務技術開発局への出資はとんでもない金額であるし、宝物の提供も仮に金銭に換算しようものなら相当な金額になることは間違いない。

普通に人類軍に出資しているだけであれば企業の利益で説明がつくが、このふたつはどう考えてもその範疇とは思えない。


そこまでのことをしている以上、ヴィクトールたちになんらかの思惑があるはずだ


「……そうだね。お察しの通り、私たちにはとある計画がある。――≪秩序の天秤(リブラ)≫としての計画がね」


秩序の天秤(リブラ)≫。

こちらの世界における人間と人外のバランスを保つことを目的とする秘密結社。

今の口ぶりからすると、問題の錬金術師もヴィクトールもその構成員であるらしい。


そして彼らは≪秩序の天秤(リブラ)≫としての計画を実行するために人類軍内部で暗躍しているようだ。


「ひとつ明言しておくけれど、私たちの計画は君たちの掲げる和平を妨げるものではないし、【異界】と争うようなものでもない」

「じゃあ、何をするつもりなんですか?」

「ふむ、具体的なことを私から明かすことはできないけれど……あえて言うならば、この世界をあるべき形に戻す、といったところかな」

「……正直、すごく不穏だし今すぐ吐かせた上で止めたい響きなんですけど」


あるべき形という言葉が何を示すのかはシオンにもわからないが、世界をどうこう言っている時点で大規模なことなのは間違いない。

それがよいことにしろ、悪いことにしろ、相当な混乱を巻き起こすだろう。


「……私たちの目的は確かに和平ですが、それはあくまでふたつの世界の人々の安寧を願うからこそのものです」


ヴィクトールに対してこれまで黙っていたガブリエラは静かに告げる。


「仮にあなた方の計画が和平自体を妨げないのだとしても、この世界の人々の安寧を奪うのであれば看過はできません。……それに、今の世界の状況でこれ以上穢れが増えるようなことになれば、」

「【異界】で予見された災いがついに現実のものになってしまうのではないか、だね」


どうやら≪秩序の天秤(リブラ)≫もその辺りの事情は把握しているらしい。


「私たちの計画はその上で準備を進めているものでもあるんだよ。……このままではその災いが最悪の形で現実になってしまうかもしれないからね」

「……もしかして、≪秩序の天秤(リブラ)≫は災いの正体に心当たりが?」

「この場で話すことはできないけれどね」

「どうしてですか!?」


ヴィクトールの言葉にガブリエラが珍しく声を荒げる。


「推測とはいえ思い当たることがあるのなら、未然に防ぐために行動すべきです。そのためには知恵も人手も多い方がいいはずでは?」

「確かにその通りだよ、天族のお嬢さん。……しかしこればかりは今は話せない」

「世界の危機を前にしても、ですか?」

「そういう言い方をされるとそこまでのものではないのかもしれないが……少なくとも私個人はここで話すべきではないと判断している」


どれだけガブリエラに訴えられようとヴィクトールはあくまで話す気はないらしい。その決意は固そうだ。


「私からは話すことはできない。しかし件の錬金術師も近く君たちに正体を明かすだろう。……この件についてはその時まで我慢してくれたまえ」


真剣にそう話すヴィクトールを前に、シオンもガブリエラもこれ以上追求することはできなかった。


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