9章-会食、その前に-
豪華客船でのパーティーはシオンとナツミが戻った後滞りなく終わり、翌日。
昼前の〈ミストルテイン〉で、主要メンバーがブリーフィングルームに集められていた。
話題はもちろん、今日の夜に控える≪スカーレット・コーポレーション≫のヴィクトール・スカーレット会長との会食なわけだが、
「ネタバレになるんですけど、件の会長思いっきり人外でした」
「……順を追って説明しろ」
開幕挙手からぶっちゃけたシオンにアキトが説明を求める。
それに対してシオンは昨晩のナツミ迷子騒動について説明した。
ちなみに昨晩の内に説明しなかったのはパーティー中ということで他の人間もいる中話すには不味いと判断したからである。その後パーティーが終わったのはそれなりに遅い時間だったので、今のこの場での説明となった形である。
ナツミが明らかに何かに巻き込まれたことを把握している同年代組にもこの話をしたのは今が初めてだ。
「そんなことになってたとは……」
「というか、なんでナツミちゃんがそんなことに?」
「んー、そういえば今まで話す機会なかったですけど、ミツルギ三兄妹って常人より異能関連の適正高いみたいなんですよね」
人払いの術をあっさり通過してきたことに始まり、アキトとハルマは宝物との契約まで交わしている。
契約については巡り合わせの占める部分も大きいが、それだってそもそも適正が皆無では話にならない。
「(実際は“神子”の血筋なわけだし、それを考えると弱すぎるくらいではあるんだろうけどね)」
力の強さはさておき、ナツミはその適正をもってして見事にヴィクトールの人払いの術を通過してしまったのである。
「しかし、私やシオンですら注意深く探知しなければ気づかないほどの人払いをよく通過できましたね……」
「あたしはぼーっと歩いてただけなんだけどね……」
「ま、実際そうなっちゃった以上はそういうこともあるって納得するしかないよね」
本音を言えばシオンやガブリエラすら本腰を入れなければ認識できないほどの術式に偶然迷い込むなんてことは低確率もいいところで、普通ならあり得ないと一蹴している。
しかし、もしそうしてしまえばナツミの側に原因があるという可能性を示唆するのと同じだ。
原因がナツミ自身にあるとなれば、それを調べようという話になるだろう。
そうして万が一にも≪月の神子≫の血筋であることなどにたどり着いてしまっては困るのだ。
だからこの議論は多少強引にでもここで終わらせておくに限る。
「とにかく、相手は人外でしたってのが現状の問題です。今晩会いに行くとして、誰が行くとか言ってどうするとか話さないと」
「……それなのですが、会食への招待メンバーのリストが今朝届きまして」
そう言ってミスティが部屋に備え付けのモニターにあちらからのメッセージをそのまま写した。
メッセージ内のリストにはアキトを筆頭にミスティとアンナ、シオンとガブリエラにハルマたちパイロット組の名前がある。ここまではいい。
気になるのはシルバとマリエッタに加えて、ギルとナツミの名前まであることだ。
「開発局からの出向組はまだしも、ヒラ技師と操舵手が招かれるのはアレですね」
「あからさまに〈ミストルテイン〉の内情がバレてる感じするわよね」
船外の第三者から見たシルバとナツミはただのヒラ技師と操舵手でも、実態としてはシオンとガブリエラと関わりが深く、片やシオンと従者契約を交わしているし、片や異能の素養を持っている。
どちらも〈ミストルテイン〉において肩書き以上の立ち位置にある状態だ。
ふたりがリストに入っているのを見る限り、そういった事情を把握していると判断せざるを得ない。
「そういえば、シオンはともかくあたしのことも知ってる感じだったような」
「下調べは万全なわけか……」
「でも、どこからそんな情報が?」
レイスの疑問にまずはコウヨウに向いた。
玉藻前に情報を流していた前科があるからだが、彼は首を横に振る。
「姫様には今も報告してますけど、そのヴィクトールという方に親交があるなんて聞いたことはないです。僕が知らないだけという可能性もありますけど……」
「正直それより怪しいのは≪魔女の雑貨屋さん≫じゃないかと」
片や欧州に拠点を置く大企業。片や欧州をホームとする唯一と言ってもいいほどの人外向けの商人。繋がりがないと考える方が不自然だろう。
「このような状況下で相手の指定するメンバーで会食に応じるべきでしょうか? と言いたいところですが」
「まあ、そもそも人類軍にとっても重要な相手だしねぇ」
玉藻前に招待された際はシンプルに彼女を怒らせると命の危機という背景があったわけだが、今回の場合はもう少しややこしく、なおかつ厄介な金の問題などがある。
基本的には応じる以外の選択肢はないだろう。
「目的自体は……元々は探りを入れるくらいのつもりだったが、こうなったらもうストレートに和平の協力を頼みに行くのが妥当だろうな」
まずは≪スカーレット・コーポレーション≫内部の人外を正確に探り当て、そこから和平交渉のための協力を要請する。という当初の計画がワンステップ早まっただけと言えばそこまでのこと。
やるべきことは変わらないというわけだ。
「幸い、あちらから接触してくる程度にはこちらに好意的なようだしな」
「……個人的にはちょっっっっっと信用できないんですけどね」
「ちょっとって感じじゃないわよ? 何かあった?」
「だってあの男、ナツミになんかしようとしましたし」
「「なんだと?」」
アキトとハルマのふたりからそれはもう低い声が出た。
「その話、詳しく聞かせろ」
「とりあえず部屋の鍵を閉めて閉じ込めて、ナツミに手を伸ばしてたところまでは把握してます。ナツミも怖がってたし優しく手を差し伸べたなんてことはないかと」
「「…………」」
アキトとハルマが不穏な空気を発し始める中、思い出したらシオンも怒りが込み上げてきた。
ここで重要なのは、シオンはもちろん宝物と契約を交わしているアキトとハルマも並みの人外を遥かに凌ぐ魔力を操れるということである。
魔力は感情の影響を強く受け、その気がなくとも神の怒りは天候をも狂わせる。
要するに、三人の怒りでブリーフィングルームにそこそこのパワーの風が吹き荒れ始めている。
「えっとほら、あっちからすれば急に部屋に入ってきたあたしなんて怪しいし、何かしてきても正当防衛って感じになるというか」
ナツミが慌ててフォローを入れようとするも、三人を中心に渦巻く風は止まない。
「人外と人間である時点で、確実に過剰防衛だろう?」
「そもそも魔法使えるなら眠らせるとかいくらでもできるだろうし、鍵閉めて逃げ場なくす理由ないよな?」
「細かいことはどうあれ、お前を怖がらせた時点で俺からすれば殺す以外の選択肢ないんだけど?」
「ダメだこれ!」
ナツミが無理を悟ったその後。
状況を重く見たガブリエラが見事な手刀でシオンの意識を刈り取り、それを目にしたアキトとハルマがガブリエラへの警戒から正気を取り戻したことでなんとか室内に吹き荒れた嵐は静まったのだった。




