2章-監視つきな休日③-
視界を埋め尽くさん勢いのスイーツに限界を感じたのか、ハルマはトイレに行くと言って席を外した。
おそらくしばらくは戻ってこないだろうというのをその場の全員がなんとなく察する。
それを見送って少ししたタイミングでポツリと口を開いたのはリーナだった。
「シオン、ハルマと何かあったの?」
「……は?」
急なリーナの質問に対して、少なくともシオンのほうにはそういった心当たりは全くない。
それにシオンが見ている限りハルマの言動に特別不審な部分などはなかったように思う。
むしろ、リーナが何故そういった考えに至ったのかがわからない。
「あ、違うの。言い方が悪かったわね」
シオンの反応に何かに気づいたらしいリーナは慌ててそう口にしてから、言葉を探すように何やら考え込んでいる。
「多分リーナが言いたいのは、ハルマと仲直りできたのかってことじゃないかな?」
リーナよりも先に口を開いたレイスの言葉にリーナが頷く。
「少し前までに比べると、ハルマの態度が少しだけ柔らかくなった気がしたからそういうことなのかと思って」
「僕も同じように思ってた。……学生時代みたいに仲良くって感じではないけど」
ふたりの言葉にシオン自身も納得した。あまり気にしていなかったが以前と比べればハルマと普通に話をできているのは確かだ。
きっかけについても心当たりはある。ただ、仲直りできたかと言われると少々首を傾げてしまうところだが。
「仲直りはしてないかな。ただ、約束はした」
「約束?」
「俺が明らかに悪いことしたら正々堂々殺してくれるんだとさ」
シオンがなんでもないことのようにそう言えば、この場にいる四人はぴたりと動きを止めた。
「え? 殺す、約束……?」
「シンプルにまとめるとそういう話になるね」
動揺しているレイスにシオンはあくまで冷静に答える。
実際ハルマとの約束はそれ以上言葉にしようのないシンプルなものなのだから仕方がない。
「なんか、態度柔らかくなる要素なくねえか?」
「うーん、ミツルギ兄は今のところ俺が悪いことしてると思ってないらしいから、それで気持ち優しい感じになったんじゃないかな?」
以前までのハルマは「シオン=悪」という認識が強かったようだが、それが「シオン=今のところ悪ではない」になったので、相対的に態度が軟化したのだろう。
「そういうもんかー? まあお前がいいならいいけどさ」と再びケーキを食べ始めたギルだが、他の三人はまだそういう気分にはなれないらしい。
「この際レイスと委員長に聞きたいんだけどさ。ぶっちゃけふたりは俺のことどう思ってるのさ?」
ハルマは現在のシオンを悪とは思わないが、悪だと断定したら即座に銃を向ける覚悟がある。
ナツミは(シオンとしては不本意なことに)シオンのことを悪だとは思わず信用している。
ではこのふたりはどういうスタンスでいるのか、シオンは少し気になっている。
シオンの質問に少しだけ間を空けて、先に口を開いたのはリーナだった。
「個人としてあなたが人類の敵だと思ってるかといえば、正直そうでもないわ。……でもこれは、私個人の主観だけで判断していい問題じゃない」
シオンを見つめるリーナの目はどこまでも冷静で理性的だった。
「あなたについて考える時に私個人の感情を持ち出してはいけないし、勝手な思い込みで判断してもいけない。ただ、そこにある事実だけで見定めるつもりよ」
心優しくありながらも冷静で生真面目な彼女らしい答えだとシオンは大いに納得した。
続いて促すようにレイスを見れば、彼は困ったように微笑んだ。
「僕にはリーナみたいに割り切るのは無理だと思う。……僕はどうしてもシオンが敵だとは思えないから」
人類軍としては非常によろしくない答え。
それを口にするレイスは何かを諦めたかのようでもあったが、言葉はとてもはっきりしていた。
「学生時代にも今みたいにシオンと一緒に甘いものを食べたりすることは結構あったし、なんでもないようなことで騒いだりだってしてきた。……今更魔法使いだとか言われても、ピンと来ないんだ」
そう話すレイスはまだ迷いを捨てきれていないのが明らかだった。
「善悪とかそういう問題じゃなくて、僕の思うシオン・イースタルはただのどこにでもいる人間でしかないから。僕は君を敵だって思うことはできないよ」
「甘い」と言われてしまえば反論のしようのない答えを、それを承知の上で口にする。
どこまでも素直な態度は愚かにも見えるが、シオンはそういう人間を決して嫌いにはなれない。
それぞれの答えを聞いたシオンはひとつ頷く。
「ふたりの考えはわかったし、それに関して俺がどうこういうつもりもないよ」
信じてほしいなどと口にできるほど潔白ではないし、そもそもそんなことを言うつもりもない。
ふたりがそれぞれ信じる自分自身の答えをシオンは尊重する。
「あえて言うなら、ふたりともひとまずは敵認定してなくてちょっと甘すぎないかなーとは思う。角砂糖とかのほうがまだ甘さ控えめなんじゃない?」
「当事者が言うセリフとは到底思えないんだけど……なんでシオンはいつも疑ってほしがるのよ」
ナツミが不満気に頬を膨らませているが、シオンは特に答えを返さないで今度はシュークリームを頬張った。
完全に口が塞がるスイーツを選んだことで話す気がないのだと察したのか、諦めたように自身のケーキに取りかかるナツミ。
そんなふたりのやり取りを見て、リーナとレイスが呆れ混じりに笑う。
「そんな子供みたいなやり取りしてる人間を敵として警戒しろっていうほうが無理よね」
「へんひはほひれないらほ?」
「ゴメン、なんて?」
「"演技かもしれないだろ?"だな今のは」
「わかるの!?」
緊張感のない会話に誰からともなく笑う。
ようやくテーブルに戻ってきたハルマに怪訝な表情を向けられつつも、学生時代のような空気のまま時間は過ぎていった。




