9章-パーティーの夜③-
「おや、ゴルド最高司令官じゃありませんか」
シオンとクリストファーが会話している中やってきたのはヘレンだ。
以前見た白衣姿ではなく落ち着いたドレス姿の彼女は、すぐ後ろにスーツ姿の見慣れない若い男性を連れている。
「ヘレン、久しぶりだね。あと、私と君の中で敬語なんてやめておくれ」
「それじゃあ遠慮なく。最後に顔を合わせたのは開発局発足の時だったかねえ?」
クリストファーとヘレンはどうやらプライベートでも親交があるらしい。
よくよく考えるとクリストファーとゲンゾウも同じようなつながりがあるわけで、彼と彼女の間にも同じようにつながりがあったとしてもおかしくはないのかもしれない。
「っと、それはそれとして、私ではなくシオン君やアキト君に用なのかな?」
「ええまあ。けれどクリスがいるならそれもちょうどいいさ」
そう言ってヘレンは後ろで所在なさ気にしている若い男性を示した。
「彼は≪スカーレット・コーポレーション≫のキョウスケ・フドウ。≪スカーレット・コーポレーション≫と私ら対異能特務技術開発局の間の連絡役をやってくれてるんだ」
「はじめまして、キョウスケ・フドウです! お会いできて光栄です!」
背筋を伸ばして挨拶をしてくれたビルの声は大きくて少し驚く。
改めて見るとアキトと同じくらいの体格で、ただの企業勤めにしては随分としっかりした体つきだ。
「あ、すみません。声が大きかったですよね」
「え、ええまあ。ちょっとだけびっくりしました」
「自分でも注意してるつもりなんですが……」
ほんの少しだけしか接していないが、キョウスケは系統としてギルタイプ。要するに大型犬タイプの人種なのだろう。
しょんぼりしている姿になんとなく垂れ下がった耳や尻尾の幻覚が見えてしまった。
「まあまあ別にアタシたちもそこまで気にしてませんから」
「そう言ってもらえると助かります……」
気を取り直してシオンたちもそれぞれ自己紹介を済ませる。
「≪スカーレット・コーポレーション≫は〈ミストルテイン〉と各機動鎧の開発はもちろん、〈ミストルテイン〉と開発局の合同で進めてる新型開発計画にも多額の出資――というか資金をほぼ全額出してくれてるんだ。せっかくの機会だし顔合わせをしといてもらおうと思ってね」
ヘレンが表向きの紹介理由を述べる。違和感のない理由をキョウスケは疑ってないようで、むしろ嬉しそうにニコニコしていた。
「〈ミストルテイン〉のみなさんのご活躍は私たちも度々耳にしています。そんな部隊の方々をお会いできて本当に光栄です!」
子供がヒーローにでも会ったかのような無邪気かつキラキラとした視線を向けてくるキョウスケ。社交辞令やお世辞なんてものを一切含んでいない発言なのはその態度から察せられた。
巨大企業の社員。しかも人類軍との連絡役を任されているというわりには素直すぎるようにも思える人物だ。
「(いや、むしろそういう性格を見込んでここにいるのか)」
ギルと同じ系統ということは、おそらく人に好かれやすい人種なのだろう。
他所との連絡役には好意的に見てもらいやすい人間を配置したほうが都合がいいという判断かもしれない。
「うちの会長もみなさんのことには興味津々なんですよ」
「会長ってことは≪スカーレット・コーポレーション≫のトップの?」
「はい、ヴィクトール・スカーレット会長です」
ヘレンに聞いた話では、そのヴィクトールこそが〈月薙〉や〈アメノムラクモ〉を所持していたという人物。つまり、シオンたちから見てかなり怪しい人物だということになる。
そんな人物がこちらに興味津々と聞くと、純粋な興味なのか裏があっての興味なのかどっちなのかという部分が気になってくるところだ。
こちらとしては、なんとかしてそのヴィクトールとやらについて詳しく聞きたいところだが。
「それで、その会長に関係することでみなさんに少しご相談したいことがあるんですが……」
「なんでしょう?」
「もしよければ、会長と会っていただけないでしょうか?」
「「「……ん?」」」
「えっと、スカーレット会長が直接みなさんと会ってみたいと言っていまして」
曰く、〈ミストルテイン〉に興味津々だというヴィクトール本人がぜひともアキトやシオンたちに直接会って話がしてみたいと言っているのだそうだ。
結果的にヘレンの紹介でこうして挨拶ができたが、それがなくともキョウスケはこのパーティーでなんとか〈ミストルテイン〉と挨拶をしてこの件について提案をしてくるように指示されていたのだとか。
驚きはしたが、シオンたちにとって非常に都合がいい。乗らない以外の選択肢はないだろう。
「お誘いありがとうございます。我々としてもぜひ直接ご挨拶できればと思います」
アキトもシオンと同じ考えのようですぐにOKの答えを返した。
「ただ、我々はあくまで人類軍の一部隊に過ぎません。上の許可を得なければならないのでこの場で即答はできませんが……」
「いや、この場で大丈夫なんじゃないかい?」
「そうだねぇ。私から許可を出せば大丈夫だと思うよ」
ヘレンが指摘してクリストファーがゴーサインを出すまで二秒もなかった。
実際、この程度の決定ならクリストファーがOKを出しておけば他の上層部の人々も反対するまい。許可が出たわけではないが、出たも同然というわけである。
「では、具体的な日程は後程。場所は欧州でしょうか?」
「あ、いえ、場所はここで問題ありません」
「はい?」
「実は、会長もこの客船に乗っているので」
問題のヴィクトールは積極的に人に会いたいわけではないのでこのパーティーに出てくるつもりはないものの〈ミストルテイン〉には会ってみたいから、と人知れずこの豪華客船に乗ってここまで来ているらしい。
なかなか自分勝手なことを言っているし、こちらが了承しなければとんでもない無駄足だっただろうに、とんでもない行動力である。
「ですので、明日の夜にでも食事を交えつつお会いいただければ」
「……わかりました。詳細は明日の午前中までにメッセージなどで調整できればと思います」
こうしてあまりにもスムーズにシオンたちは疑惑の人物と対面する機会を得た。
正直でき過ぎていると思わないでもないが、“虎穴に入らずんば虎子を得ず”ということなのだとシオンは割り切ることにした。




