9章-パーティーの夜①-
天井にはシャンデリアとは言わないまでも豪華な照明。
見渡せばいくつもの丸テーブルとその上に置かれた豪華な料理や小さな氷の像。
何もかもがやたらキラキラして見える空間に、シオンは思わず目を細めた。
「このとんでもない場違い感……〈ミストルテイン〉に戻って食堂でドーナツ頬張ってたい」
「ホントにアンタはこういう場所苦手よね」
ツッコミを入れつつ隣に立つアンナはいつか中東のパーティーで身に纏っていたのと同じドレスを着ている。
シオンもシオンであの時に用意した服を着ているので、場違いとは言いながらも見た目だけならそれなりにこの空間に溶け込んでいた。
とはいえ、苦手なものは苦手なのだ。
豪華な食事などにありつけるのは悪くないが、かしこまった場で上品に高級料理を楽しむよりもなんでもない食堂で安いドーナツを山のように平らげるほうがシオンの性には合っている。
中東の一件はほぼ命令だったので仕方ないと割り切っていたが、今回は一応招待という扱いなので強制力はない。
つまり何が言いたいのかというと、
「俺、今からでも帰っていいですかね?」
「ダメに決まってるだろうが」
様になったスーツ姿でシオンの隣に立ったアキトは即答した。
「これから≪スカーレット・コーポレーション≫の関係者を紹介してもらう手筈なんだ。相手が人外である可能性もあるのにお前が不在でどうする」
「そこはほら、もうアキトさんも十分な使い手ですし、ガブリエラやシルバもいるんですし。俺一人いなくてもなんとかなったりしないかなーって」
「どんだけ帰りたいのよアンタ」
「そうは言いますけど、教官だってさっきまでのあれこれ見てたでしょ」
別にシオンもただこの空間が居心地が悪いというだけで帰りたいと思ってるわけではない。
それ以外に帰りたいと思うような出来事があったというだけの話なのだ。
このパーティー会場に〈ミストルテイン〉の面々が足を踏み入れたのは三十分ほど前のこと。
今日お披露目した新型開発のためのデータ集めに協力したということで〈ミストルテイン〉の船員は全員参加でもOKという太っ腹な申し出を受けている中、せっかくの好意に甘えようと結構な数が参加している。
十三技班の面子も含まれており、シオンも彼らと共に豪華な食事にでもありつこうかとしたのだが、
「……なんで今回はやたら話しかけてくる人が多いんですか?」
料理のところへ行こうとしたシオンにまずはどこぞの人類軍支部のお偉いさんが声をかけてきたのだ。
真面目に覚えがない相手からにこやかに話しかけられたシオンが疑問符を飛ばしたのは言うまでもない。
そこにスッとアキトが混ざってくれたことで事なきを得たが、要するにあちらはシオンとお近づきになりたかったらしい。
そんなお偉いさんとほどほどに言葉を交わして一区切りついたかと思えば次はどこかの企業のお偉いさん、さらにその次はまた人類軍関係者、どこぞの大富豪、エトセトラエトセトラ。
代わる代わるやってくるお近づきになりたい人々のせいでシオンはやたら疲れたのである。
ようやくその波が引いたところで帰りたくなるのも仕方ないだろうと声を大にして言いたいところだ。
「中東ではテロリストの乱入でそれどころじゃなかったが、お前のことを公表すればこうなるという話はあの時ゴルド最高司令官も言っていただろう?」
「……そう言われてみれば、そんなこと言われたような気もしますね」
シオンに興味を持つ人間もいるだろうから挨拶をしなければならないだとか、味方を増やすために愛想良くしておいたほうがいいとかそんな話をした覚えがうっすらとある。
「でもそれ、少数派って話だったじゃないですか」
「あれ以降、なんやかんやいろいろ功績もあげちゃってるからね。あの頃よりもいいイメージが定着してるんじゃないの?」
テロリストから人質を守り抜き、日本でヤマタノオロチを倒し、欧州で大規模はアンノウンの出現から人々を守り、北欧でファフニールも封じた。
シオンとしてはあくまで目の前のことを片付けただけだが、第三者からすれば人類に対する大きな貢献という風に見えるのだろう。
テロリストの蹂躙やヤマタノオロチの一件での命令違反などの細かい事情は広くは伝わらないため、なおさら良い部分だけが目立っているらしい。
「うーん、面倒ですね」
「アンタねぇ……」
「だって、いいイメージが先行しちゃってるとなると俺がちょっと本性見せたら逆に一気に好感度落ちそうですし」
アキトたちは慣れてしまっているのもあって多少シオンが暴れたところで今更だが、勝手にヒーローのようなイメージを持っている人々が悪しき神としての姿を見ればそうはいかない。
シオンとしては知ったことではないのだが、勝手に裏切られただのなんだの騒がれたとしてもおかしくはないだろう。
「そういう人たちの前で暴れる機会なんてなかなかありませんけど、気を遣わないといけなくなるのは正直面倒というか……」
「ふむ……気持ちはわかるが、そこは上手くやってもらうしかないねぇ。人類軍も世論には弱いから、そうなってしまうと大変だ」
「ですよね……ん?」
会話中の違和感に気づいて振り返るシオン。その正面にはそれなりに見慣れた男性がにこやかに立っていた。
「やあ、シオン君」
「……なんか前もこんなことあったような気がするんですけど、いきなり現れるの趣味なんですか、ゴルド最高司令官?」
「そうだね。サプライズを仕掛けるのは好きだよ」
あまりにも唐突かつマイペースな人類軍のトップの登場にシオンたちは頭を抱えた。




