9章-すれ違う-
数日の停泊を経て目的の新型機披露の催しを明日に控えた今日この頃。
「――シオン、ちょっとあたしと来てくれる?」
いつも通りに格納庫で働いていたシオンのところに現れたナツミはわかりやすく機嫌の悪い顔をしてシオンの腕をしっかりと掴んでいた。
「……仕事があるからダメかなー」
「じゃあ仕事は何時に終わるの?」
それらしい理由をつけて断ろうとした次の瞬間には更なる質問が投げかけられた。
どうやら彼女はここでシオンを逃すつもりが全くないらしい。
「えっと何時になるかな……日付跨ぐくらいになるかもしれないし、なんなら明日の朝までやるかもしれないし……」
なおも断ろうというするシオンに対し、ナツミの視線が突き刺さる。
さらに言えば腕を掴む力が強まっていてやや痛い。
「あ? 何やってんだナツミの嬢ちゃん」
「クロイワ班長。……ちょうどよかった。ちょっとシオン借りてもいいですか?」
「あ?」
急なナツミの質問に疑問符を浮かべるゲンゾウに対し、シオンは無言もままアイコンタクトを送る。もちろん求めるのはナツミの問いへのNOだ。
ゲンゾウはその視線をしっかりと受け止め、ナツミとシオンの状態を冷静に確認する。
それから納得したように頷いた。
「いいぞ。好きなだけ借りてけ」
「ありがとうございます!」
「なんで⁉︎」
確かにシオンのヘルプを受け取っていたはずのゲンゾウは、ものの見事にそれをスルーした。
「正直事情はさっぱりだが……女との喧嘩は早めに終わらせるに限る」
「……声がガチなんですけど、親方過去に女性との喧嘩で何かあったんですか?」
「俺のこたぁいいんだよ。……どうせシオンが何かやらかしたんだろ、さっさと土下座でもしてこい」
シッシと犬猫でも追い払うように手を振ってゲンゾウは作業に戻っていった。
「じゃあシオン、班長の許可ももらえたし行こっか」
「……うっす」
上司の許可を取られてしまえば最早言い訳のしようがない。
腕を掴まれたままのシオンはナツミについていくしかなかった。
そうしてナツミに連れて行かれた先はふたりにはお馴染みの展望室だった。
比較的人がいることの多い食堂ではなく基本的に無人のこちらを選んだ時点でナツミの本気具合が窺い知れる。
「(正直、今どんな感じにコイツ話せばいいかわかんないんだけど……)」
今のシオンは自身の中でナツミがどのような立ち位置にいるのかがわからなくなってきている。
大切な相手ということに変わりはないはずが他の大切な人々と同じではない彼女に対してどう接するべきなのかがさっぱりなのだ。
それもあって全力でふたりきりになるのは遠慮したかったわけだが、こうなってしまえばもう覚悟を決めるしかない。
「それで、急に格納庫まで来るとかどうしたんだ?」
「この島に来た初日。あたしが仲間外れにされた理由をちゃんと聞きたいの」
「わー直球」
普段のノリで茶化してみるが目の前のナツミは笑うでも怒るでもなく真剣にこちらを見つめてくるばかりである。
「ひとまず、なんでそれ知ってるの?」
「ハルマ兄さんが」
「え、ハルマが話したの?」
ハルマはこういったことを告げ口するタイプではないという認識だったので予想外だった。
しかしナツミは首を横に振る。
「ハルマ兄さんが少しだけ変な感じだったから、問い詰めた」
「お、おう」
自発的な告げ口ではなかったらしいことに納得すると同時に、ナツミから“問い詰めた”というワードは出たことにやや引いた。
わざわざ“聞いた”ではなく“問い詰めた”という圧のある表現を使った時点で実際ちょっと尋ねただけではないのだろう。
具体的に何があったか知らないが、シオンは心の中でハルマにそっと合唱する。
「具体的なことまでは教えてもらってないけど、シオンの昔話をみんなにしたんでしょ?」
「まあ、そうだね」
「なんで、あたしは呼んでくれなかったの? 暇だったよ? こういったらあれかもしれないけど、アーノルド副艦長がオッケーなのにあたしがダメなのは納得いかないんだけど?」
怒涛の追求である。
ナツミから何かを問い詰められるのは初めてではないが、ここまで圧が強い追求はこれまで一度だってなかった。
基本的に相手の事情まで気を回せる、少し優しすぎるくらいの少女なのだ。
相手が意図的に秘密にしていることを無理矢理聞き出すような真似はできなかった……はずなのだが、今回は少し事情が違うらしい。
「えーっと……なんかグイグイ来るね」
「シオン相手に遠慮なんてしないほうがいいってサーシャさんが」
「あの魔女……」
出てきた師匠の名前に「余計なことを」と内心で毒づいた。
「というかそんなの今はいいから。質問に答えてよ」
ナツミらしからぬ押しの強さはサーシャのアドバイスによるところも大きいだろうが、それ以上に彼女が怒っていることが理由として大きそうだ。
実際、折り合いをつけたとはいえシオンと仲が良いとは言い難いミスティが話を聞いているのに自分が仲間外れというのはずっとシオンに味方してきた彼女にとって面白くないだろう。
「(けど、なんて言えばいいんだ……?)」
他はともかくナツミに嫌われる可能性を恐れて話さなかった。というのが今回の実態だ。
それを正直に話せば何故ナツミだけにそのように思ったのかという話になってくるが、その答えはシオン自身理解できていない。
そんな曖昧な言葉で彼女が納得してくれるかわからないし、そうでもなくても正体露見からずっとシオンに寄り添おうとしてくれている彼女に対して、いまだに「嫌われるかもしれない」と考えているなんて告げるのは事実だとしても彼女を傷つけるのではないだろうか。
嫌われたくないという感情はまだ曖昧だが、彼女を傷つけたくないという想いは何よりも優先される確固たるシオンの信念だ。
「理由は、俺も正直わかってない。うまく言葉にできる気もしない」
「……自惚れとかじゃなくて、あたしもシオンの大事な人たちの中に入れてもらえてると思ってた。けど、あたしはそのみんなと違うの?」
ナツミからの問いについて改めて考える。
間違いなく彼女はシオンの中で大切な存在だ。そこは断言できる。
しかし他の人々――アキトやハルマ、十三技班の面々などと同列なのかと考えた時、少しだけ引っかかるのだ。
シオン自身ずっと同じだと、愛する者たちは全て等しく大切なのだと思っていたのに。
その当たり前が揺らいでいる。
「大事なことは違わない。けど、お前は多分、何かが違う」
同じではない、ただひとりだけ何かが違う。現状はっきりしているのはそれだけ。
だからそれをはっきりと言葉にすれば、ナツミは俯いた。
ここまであった殺気じみた気迫が萎んでいくのを感じて、シオンは間違えたのだと気づく。
「ナツ「ごめん。ちょっとそれ以上は聞きたくない」
呼びかけは明らかに悲しみを滲ませた言葉で遮られ、ナツミはそのまま立ち上がると走り去ってしまった。
それをシオンは呆然と見送る。
その気になれば追いつくことなんて容易なはずなのに、動けない。
おそらく誤解を与えた。言葉選びを間違えた。
シオン自身の言葉で、明確に彼女を傷つけた。
いつかハルマにも同じようなことをしてしまった覚えはある。
しかし、今回の衝撃はその時とは全くの別次元だ。
完全に思考がフリーズした状態で、シオンはただ展望室に取り残されるばかりだった。




