9章-少年少女の関係について②-
「――それで私に相談したいと、そういうことですか?」
連絡を取って部屋まで来てくれたガブリエラにかくかくしかじかと事情を説明い、シオンはこくりと頷く。
「あの、唐突なのはひとまず置いておくとしてもどうして私に……?」
「人間相手だとどうしても身構えるシルバへの配慮と、俺と違ってちゃんと真っ当なアドバイスしてくれそうだから」
「確かに、私くらいしか選択肢がありませんね」
「別に消去法ってわけでもないんだけどね」
ガブリエラであれば親身になって相談に乗ってくれるだろうというのは疑うまでもないことだ。
実際「相談したいことがある」という連絡ひとつでここに来てくれた彼女には感謝しかない。
「とりあえず状況をまとめましょう」
ガブリエラはそう言ってシルバに向かい合う。
「シルバくんは、自分との出会いでマリーさんに大きな影響を与えたこと。そしてそのようなことをしておきながらマリーの好意に応えないでいつか離れるつもりでいることについて悩んでいる。そうですね?」
シルバはその問いかけに小さく頷いた。
「……確かに、シルバくんの与えた影響はとても大きいと思います。マリーの話のほとんどはあなたのことですし、関係ない話をしていてもふと思い出したようにあなたの名前を口にするほどですから」
ガブリエラの言っていることにはシオンも心当たりがある。
比喩ではなく、マリエッタの頭の中はいつでもシルバのことでいっぱいなのだろう。
「マリーにとってシルバくんの存在が大きなものであることに間違いはありません。……その大きさがそのまま、あなたがいなくなった場合にマリーが受ける衝撃の大きさになると思います」
「……向けてる感情の種類はともかく、心の中の大部分を占めてる存在が消えるっていうのはとんでもないことだ。それこそ、狂ってしまうくらいに」
愛する家族という存在が消えた結果、シオンは復讐に狂った。
マリエッタにとってのシルバは、シオンにとっての家族と同等かそれ以上の存在になっていると見ていいだろう。
だとすればマリエッタもまた狂ったり、壊れたりしてしまうのかもしれない。
「だったら、オレはやっぱりアイツの側にいてやらないといけないんじゃ……」
「側にいて、どうしますか? ただ傷つけないように現状を維持しますか? それともシルバくんの気持ちは無視してマリーの愛に応えますか?」
ガブリエラにしては鋭い物言いにシルバは口を噤む。
「側にいることを選べば、確かにマリーの心を守ることはできるかもしれません。けれどマリーはそんなことを望んでいるわけではないと私は思います」
だったらどうすればいいのだと問うようなシルバの目をガブリエラは正面から受け止める。
「シルバくんはマリーに優しく、誠実でありたいんですよね」
「そう、なんすかね」
「少なくとも私にはそういう風に見えます。だって、そうでなければ責任なんてことまで考えられないでしょうから」
マリエッタのことをなんとも思っていないのならそこまで気を回すことはないだろう。
シルバがなんだかんだと彼女のお願いを聞き入れてしまうのも、彼女の未来を案じて思い悩むのもマリエッタのことを大切に思っているからなのだと、シオンにも思える。
「ここからは私の考えですが、今シルバくんが考えるべきことは責任を取るとかそういう話ではないんじゃないでしょうか?」
「なら、何を考えれば?」
「シルバくん自身の気持ちですよ」
ガブリエラはゆっくりと指をシルバの胸へと向けて問いかける。
「マリーの心ではなく、シルバくん自身の心を。あなた自身がどうしたいのか。マリーのことをどう思っているのか。マリーの過去も、種族の違いも、ひとまずは隅に追いやって、シルバ・ハーシェルという存在が思うことを考えてみましょう」
彼女のためにしばらく王子様のふりをするだとか、彼女を変えてしまった責任を取るだとか、マリエッタのことばかりを優先するのではなく、シルバ自身が望むことを考えろとガブリエラは言う。
「あなたが側にいてくれても、心が伴っていないならマリーだってきっと喜びません。だから、少し考えてみてください」
念を押すような言葉にシルバは深く頷き、小さく礼を述べてシオンの部屋から去って行った。
「本当に助かったよ、ガブリエラ」
シルバの去った部屋で、シオンは詰まっていた息を吐き出した。
不得意な方面の悩み相談に自分で思っている以上に気を張っていたらしい。
「いえ、私は私の考えを伝えただけですから」
「でも、聞いてて納得できたっていうか、しっくりきたよ」
シルバが最初からあまりにマリエッタのことを優先し過ぎていた。
ガブリエラのアドバイス通り、シルバ自身の望みも考慮に入れて結論を出さなければどうしたってハッピーエンドとは言い難い結果になるのだろう。
ガブリエラに声をかけていなければ永遠に気づけなかったことだ。
「何はともあれ、シルバくんの力になれたならよかったです。……できれば、ふたりには結ばれてほしいと思うんですけど」
「え、そんなこと考えてたんだ」
「マリーの話で大体の事情は把握していますけど、きっかけはどうあれ今もずっと好意を持てている彼女の恋心を勘違いだとは思えません。それに、シルバくんもひとりの女の子の幸せをあそこまで考えておいてなんとも思っていない、なんて無理があると思います」
「言われてみれば……」
ふたりの関係をそこまで注視していたわけでもないシオンでも思い当たる節はある。
現時点で恋愛感情と断言はできないにしろ、シルバがマリエッタに好意を向けているのは事実なのだろう。
「まあ、それならそれで俺も祝福するよ。和平実現後の社会ならそういう恋愛も全然ありになるだろうし」
「ええ、そう思うと尚更和平を現実のものにしなければですね!」
身内の恋愛話で和平への決意を新たにするというのはなかなかアレだが、曖昧なイメージで考えるよりもやる気になれるのだから不思議だ。
「種族や立場なんて関係なく、誰もが愛し合い手を取り合える世界にしたいですね」
「種族だけじゃなくて、立場も?」
「ええ。……十三技班のみなさんに本当の名前を伝えてから、ずっとそう思ってるんです」
ガブリエラの本名――ガブリエラ・エル・セイファートという【異界】を統べるセイファート王国の王女としての名は、〈ミストルテイン〉の一部にのみ明らかにしてある。
特に十三技班についてはガブリエラ本人の希望もあり、全員にその事実が伝えられた。
ただ、それで何かが変わったわけではない。
「お姫様みたいな子だと思ってたけどマジでお姫様だった」という感想が飛び出したくらいで、十三技班の面々の態度になんの変化もなかった。
それがガブリエラにとってとても嬉しかったのだと、彼女は言う。
「王女の立場はやはり窮屈に思うこともあって、でもここのみなさんはそんなこと気にしないで私という存在を見てくれるんです。人間だから人外だからと相手を判断しないのと同じように、肩書きや立場に囚われずに誰もが向き合えれば素敵だなって」
それは和平を実現した先の未来の話になるのだろうが、その理想が実現するのであれば確かに世界は今よりマシになるだろう。
「にしても、結構壮大な話だったな」
「壮大?」
「俺はてっきり、ガブリエラが種族や立場を越えて結ばれたい人がいるのかと」
「…………ええっ⁉︎」
慌てふためくガブリエラの反応はそういう相手がいると認めたも同じである。
「なん、え? どうしてっ⁉︎」
「恋愛なんてものに縁のない俺でも、四六時中一緒にいるふたりのことくらいわかる」
元々いつも一緒だったシオンとギルの中にガブリエラが加わった形でそこそこの時間を過ごしてきた。
そんな間近でギルとガブリエラのふたりを見ていれば、鈍いことに自覚のあるシオンでも察することはできる。
「というか、ハワイではほぼ一緒に過ごしてたし、偽名でギルの名前使ったりとかしてたし俺じゃなくても気づいてる人いると思うんだけど」
「言われてみれば……!」
今更これまでの行動を思い出したのかガブリエラの顔が一気に赤くなった。
「まあいいじゃん。俺は全力で祝福するよ? ≪天の神子≫として加護とか与えてもいいよ」
「気が早いです! まだ片想いなんですから!」
ギルがガブリエラをどう思っているかは確かに未知数だが、あっちはあっちでガブリエラにはすぐ可愛いなど口にする。
自覚の有無は怪しいが、好意がないわけはない。と思いつつ外野が口を出すとこじれるとはよく聞くので黙っておくことにした。
「…………そういうシオンはどうなんですか?」
「どうって?」
「特別な誰か、いるんじゃありませんか?」
ガブリエラからの反撃にシオンは言葉が出ない。
特別なひとり、なんてものを生涯作るつもりなんてシオンにはなかった。
しかし今、ひとりだけ他と違う扱いをしてしまっている人間がいるのは事実だ。
「……それは、ちょっとまだわかんないや」
結局のところ、シオンはまだ答えを出せていないままだ。




