9章-疑惑のその先②-
「……繋がりが、ない?」
「ああ、ない」
「本当に?」
「だから言っただろ? 期待通りじゃないって」
ヘレンの返答に対し、シオンは思わずゲンゾウの方を見た。対する彼は静かに首を横に振る。
「コイツは今みたいな場面でウソつくような女じゃねぇ。本気で繋がりはねぇんだろうよ」
「えぇ……」
ヘレンの態度にウソをついているような雰囲気はなく、付き合いが長いゲンゾウもそのように断言するとなると本当に彼女の言葉は事実なのだろう。
人外との繋がりの存在を半ば確信していたシオンとアキトとしては予想外過ぎた。
「でも、そうだとしたら違和感残りまくりなんですけど?」
「ああそうだろうね。そのことは私自身もずっと気がかりだったさ」
ヘレンはシオンの疑念を肯定したが、繋がりがないと断言した人間の言葉としてやや引っかかる内容だ。
「まず最初にさっきのシオン君からの質問に答えるよ。まず〈月薙〉や〈アメノムラクモ〉の発見は、うちじゃなくて人類軍と懇意にしてる企業からだった。次にECドライブへの組み込みについては上層部からの指示があったからだ」
「つまり、対異能特務技術開発局はそこに関与してないってことですか?」
「ああそうさ。うちも所詮は組織の中の一部署なんでね、外からの干渉も色々ある。……まあ、異能が関わってそうな日本刀や剣が出てきて嬉々として組み込んだことは否定しないけどね」
ヘレンの言葉にウソはなさそうだ。その上で状況を整理すると、
「上層部はともかく、その企業が人外と繋がってるって考えるのが自然ですよね」
上層部の指示は人外との繋がりがなくとも実験などの意味で下されそうなものではあるが、その企業とやらの動きはそうでもない。
「その企業に問い合わせたりしなかったんですか?」
「したよ。なんでも、エナジークォーツ採掘事業のために作った探知機を企業のトップの屋敷に持ち込んでみたら骨董品のいくつかに反応したんだそうだ」
その後反応した骨董品を詳しく解析したところエナジークォーツと同様の性質を持つだけではなく、一般的なエナジークォーツよりも多くのエネルギーを生み出せるという結果が出たので、対異能特務技術開発局に提供されたということらしい。
あくまで偶然であるという言い分は確かにありそうな話ではあるが、シオンとしてはやはりはいそうですかと受け入れられる内容ではない。
「とんでもな大富豪だとしても、日本刀とか神話に出てくるような古代の剣をほいほい個人所有してるとは考えにくいですよね」
「でもあっちからそれ以上の返答はなくてね。そりゃもう怪しいとしか思えないわけさ」
「そこまで怪しいなら人類軍側でも調査しそうなもんですけど……」
上層部は無能ではない。ECドライブに組み込むように指示を出してきているなら、その辺りの経緯を確認していないはずはないだろう。
「どうだろうね。相手の企業のことを考えるとそう簡単には動けないのかもしれないよ」
「そういえば企業の名前聞いてないですけど、どこですか?」
「≪スカーレット・コーポレーション≫だよ。聞いたことくらいはあるだろ?」
≪スカーレット・コーポレーション≫の名前は確かにシオンも知っている。というよりこの世界に暮らしていて知らない人間の方が少ないであろう大企業だ。
欧州に本社があり主に機械製造をしている企業だが、その範囲は広く工業用の機械から医療用、生活家電まで幅広く手を出しており、民間でも多くの人が≪スカーレット・コーポレーション≫製の商品を使っている。
また人類軍との関わりも強く、シオンたちの扱う機動鎧のパーツや整備や製造などの過程で使用すること工具や工業機械の大部分は≪スカーレット・コーポレーション≫製だったはずだ。
「確かに、不用意に手は出せないですね……」
「ああ。下手につついて何かあると影響がデカすぎる」
≪スカーレット・コーポレーション≫が潔白だったなら今まで良好だった関係を悪くしてしまうし、実際に人外との繋がりがあったとして≪スカーレット・コーポレーション≫を解体させたりすることになれば人類軍にも民間にも大きな影響を及ぼす。
その辺り、シオンやゲンゾウのような技術部門の人間ほどよく理解できている。
人類軍にとって、仮に怪しいと感じていても手を出しにくい相手ということになる。
「当然私からも変に探りを入れるわけにはいかなかったし、怪しいとは思いつつも何もできないでいたのさ。……でもまあ、それもようやく終わりそうだけどね」
何故終わりそうなのか、などとわざわざ聞くほどシオンもアキトも鈍くはない。
「要するに、俺たちの方で探れと仰るんですね」
「そういうことさ。そっちには探る理由も、探れるだけの力もあるんだからね」
アキトの問いにヘレンは微笑みながら頷いた。
シオンたちは人類に協力的な人外を探したいし、シオンならば異能の力で行われている偽装なども見抜ける。
しかも、人類軍の所属ではあるがヘレンや人類軍上層部よりは余計なしがらみもなく動きやすい。
ヘレンが悶々としていた疑問を解決するのに〈ミストルテイン〉はうってつけというわけだ。
「まさかこれも見越して折れたんですか?」
「どうだろうねぇ。少なくとも戦争なんてごめんだって言葉にウソはないけども」
「……まあ、そこにウソがないのならいいでしょう」
アキトは諦めたようにため息をつくと、改めてヘレンに向き合う。
「とはいえ、俺たちは問題の≪スカーレット・コーポレーション≫と関わりが一切ありません。現状欧州に行く予定もありませんから、探りを入れるのはやや難しいのですが……」
「そこは安心するといいさ。ちょうどいいタイミングだからねぇ」
「ちょうどいいって」
「今回のお披露目には≪スカーレット・コーポレーション≫の人間も参加する予定だからね」
確かに近く第一人工島で行われる新型のお披露目イベントには開発に関わっている企業の人間も参加するとは聞いていた。
≪スカーレット・コーポレーション≫の人間が来たとしても何もおかしくはないだろう。
「例の日本刀と剣なんかはともかく、〈ミストルテイン〉なんかの製造にも≪スカーレット・コーポレーション≫が関わってるしそれは機密事項でもなんでもない。催しの後のパーティーで私からあんたらを紹介するのはなんにもおかしかないだろうさ」
そうやって橋渡しはするから、あとはそっちで調査をしてくれ。とヘレンは言いたいのだろう。
それだけしかしてくれないのかと思わないでもないが、実際問題ヘレンにできるサポートはそこまでが限界だろう。
あとはシオンたちで上手くやっていくしかない。
最悪レオナルドというカードもあるのだから、やりようはあるはずだ。
「……わかりました。パーティーの席ではよろしくお願いします」
「もちろんだとも」
ヘレンとアキトが握手を交わし、ひとまずの方針は固まったのだった。




