9章-勧誘の顛末①-
「いやさせねぇぞ!?」
唐突すぎる引き抜き勧誘にシオンが呆然としている中、勢いよくシオンとヘレンの間に割り込んできたゲンゾウが握手をするふたりの手を引き剥がした。
「おや、呼んでもないのに勝手に来た男がずいぶんな態度じゃないか」
「はっ、テメェの考えることなんてわかりきってんだよクソババアが」
「クソジジイがなんか言ってるねぇ」
「言ってろ。それよりシオン! テメェもぼーっとしてねぇでちゃんと断りやがれ!」
「はっ!」
ゲンゾウの一喝によってようやくシオンの状況に対する理解が追いついてきた。
「あんまりなんの脈絡もなく勧誘されて完全に思考がフリーズしてました……」
「普段あんだけ悪知恵が働くくせにたまにポンコツなのはなんでなんだ……」
大きくため息をついたゲンゾウが頭を抱える。
「こんなこったろうと付いてきて正解だったぜ」
「ふん。外野がしゃしゃり出てくるんじゃないよ」
「外野じゃねぇ。コイツはうちのガキなんだからな」
「仕事場を選ぶのは本人だろう? それを縛り付けようなんて男らしくない」
「あ゛あ?」
「はいはいストップストップ!」
ヒートアップしていくゲンゾウとヘレンをアカネが大声で止める。
シオンですら口を挟みにくかったところに割り込めるアカネはやはり勇者である。
「喧嘩するのはもういつものことだからいいとして、」
「(いや、もういいで済ませていいのかな?)」
「せめてこんな入り口じゃなくて施設の中でにしましょうよ、ね?」
アカネのもっともすぎる指摘にゲンゾウとヘレンがバツが悪そうに顔を背ける。
「確かに、このバカに乗せられたとはいえお客人の前でやることじゃなかったね」
「(しれっと親方のことディスってるなこの人)」
「改めてようこそ対異能特務技術開発局本部へ。研究施設なもんで大したもてなしはできないが、奥に案内するよ」
こうして、ようやくシオンたちは対異能特務技術開発局の本部へと足を踏み入れることになった。
施設自体は特段珍しいものではなく、人類軍関連の施設によくあるようなシンプルな内装だ。
加えて現時点では目立った魔術や魔力の気配はない。
「(全然それらしい気配がないわけじゃないけど……これはエナジークォーツかな?)」
人外やこちら側の人間の魔力というよりは物質に宿っているタイプの魔力のものだろう。
おそらくはエナジークォーツ、あるいは〈月薙〉などのような宝物の類が保管されている可能性もある。
どちらにせよ本部施設内に魔術的な防衛機構などが仕掛けられていることはなさそうだ。
「(だとすると、直接研究者の中に人外が紛れてる線は薄いか)」
仮に対異能特務技術開発局の内部に研究者として直接人外が紛れ込んでいるなら、外敵の侵入などへの備えはしていて然るべきだろう。
正体がバレないようにあえてそういった細工をしていない可能性も完全に否定はできないが、そもそも相手が人間ならばそれがバレるはずもあるまい。
シオンのような他の人外を想定しないにしても、魔物避けすらないのを見る限り、そんな人外はいないと見るほうが妥当だろう。
「(このパターンだと、局長さんに鎌かけても意味ない可能性もあるか)」
対異能特務技術開発局に人外が紛れ込んでいないということがほぼ確実になったわけだが、これまでのことを考えれば対異能特務技術開発局と人外に繋がりがないなんてことはあり得ない。
その前提で考えられる対異能特務技術開発局の立場は、“人外の協力者のことを認識した上で裏で協力関係を結んでいる”か、もしくは“人外の協力者のことを認識しないまま人外サイドの宝物などだけを提供されている”のどちらかになるだろう。
前者であればヘレンから何かを引き出せるかもしれないが、後者ならもっと深く探りを入れなければならなくなる。
できることなら前者であってほしいところだが……
シオンが内心そんなことに考えを巡らせている間に、一行はとある一室――応接室と思しき少し家具などが豪華な部屋に到着した。
「さて、とりあえず腰掛けておくれ。マリーとシルバが私の隣に座ればなんとか全員座れるだろうさ」
ヘレンと対異能特務技術開発局の所属であるマリエッタとシルバがまず長めのソファに腰を下ろし、ローテーブルを挟んで反対側にシオンたち四人が座る。
すぐに別の職員によってお茶が運ばれてきて、ようやく落ち着いて話ができる場が整った。
「さてシオン君。招待に応じてくれてありがとうね。ミツルギ艦長も忙しいだろうに、こうして足を運んで下さってありがとう」
「いえ、対異能特務技術開発局の〈ミストルテイン〉や各機動鎧あってこその我が部隊ですから」
「私たちはあくまで作っただけですよ。それを活かせているのは貴方たちの手腕でしょう」
「ほぉ、つまり十三技班の腕も認めてはくれてるわけだ」
「優れた能力を認めないほど器の小さな女じゃないさ。……そこのトップがあんただと思うと心の底から忌々しいけどね」
「んなもん俺も同じだ。今更テメェと組むことになるなんざ思ってもなかった」
「あー、それはそれとして、俺をお招きいただいたのはどういう御用でしょうか?」
再び口喧嘩になりそうな気配を察してシオンは話題を変えることにした。
まあ、このことについてはつい先程答えが示されたようなものでもあるのだが。
「新型のお披露目が近いんですから、局長さんもお忙しいんでしょう?」
「そうだね。でも、その合間を縫ってでも話す価値があると思っただけのことさ」
それからヘレンはシオンに対して真剣な眼差しを向けてきた。
「改めて、シオン・イースタル君。対異能特務技術開発局に来るつもりはないかい? あんたの知識や能力は最前線での整備技師じゃなくて新しいものを生み出す研究者の立場で発揮してこそ輝くし、世界に貢献できるものだと私は思うんだけどね」
ヘレンの真剣さを察したのか今回はゲンゾウも横槍を入れてはこなかった。
確かに、シオンの魔術と科学を組み合わせての技術の開発は本来は対異能特務技術開発局のような研究を専門とする部署で行われるべきものだ。
十三技班が少し特殊なだけであって普通は整備班でそんなことはできないし、その特殊な十三技班であっても予算の限界や整備との兼ね合いによる時間的制約などはある。
つまるところ、ヘレンの指摘は間違いなく正論なのだ。
技師であり魔法使いであるシオンの能力は、現在の人類軍においては対異能特務技術開発局でこそ最も輝くだろう。
「まあ、それはよくわかってるんですけど、やっぱり俺は十三技班がいいんですよね」
能力が活かせる点や人類軍へより貢献できるという点では対異能特務技術開発局が一番だが、そもそもの話シオンはそんなことを望んでいない。
「俺が十三技班にいるのは、そこにいるのが俺にとって幸せだからです。能力が発揮できるとか世界に貢献なんてことにはこれっぽっちの興味もないんで」
シオンがそういった仕事を求めていたのなら、最初からそういう道を選んでいる。
何せシオンは士官学校の技術科を首席卒業しているのだ。その気になれば人類軍のどんな部署にだって進めた。
それでも問題児の巣窟とも言われる十三技班を自ら選んだのだ。
「俺は出世とか興味ないし、偉くなってお行儀よくしなきゃいけなくなるのも嫌ですから。ほどほどの給料もらいつつ現場で気の合う同僚たちと楽しくやれたらそれでいいんですよ」
「……そう。あんたもどこかのバカみたいなことを言うのかい」
ヘレンは呆れたようにため息をついた。
彼女の言う“どこかのバカ”についてシオンは知らないが……彼女の視線がシオンからゲンゾウに向いているのを見てだいたいのことは察せられた。




