9章-対異能特務技術開発局局長-
諸々の準備を済ませてシオンたちは対異能特務技術開発局の施設がある人工島中央へと移動を始めていた。
あちらから招待してきたということもあって、手配されて送迎の車に乗って移動する。
車内にはシオンとアキト、そしてマリエッタ、シルバ、ゲンゾウ、アカネというメンバーが並んで揺られている。
メンバーの選出についてはシンプルな話だ。
招かれたシオンはもちろん、その上司であるアキトの同行は必須と言っていい。
次いでそもそも対異能特務技術開発局の人間であるマリエッタとシルバの同行も当然と言えば当然である。
さらに〈ミストルテイン〉の技術者のトップであるゲンゾウとアカネも加わってこの六名ということになったわけだ。
シオンとしてそこに問題は何も感じていない。
ただ、気になっていることがないわけではなく――、
「あの〜親方?」
「あ゛? なんだオラ?」
「なんだじゃないですよ? なんでそんな機嫌最悪なんですか?」
シオンの気になっていることとは即ち、車内のゲンゾウの機嫌がそれはそれは最悪だからである。
「……シオン先輩。クロイワ班長ってだいたいいつもこんな感じじゃねえすか?」
「シルバにはそう見えるかもだけど、違うんだよこれが」
前提として、ゲンゾウはそこまでいつも機嫌が悪いわけではない。
言動が荒っぽいのは本人の性格によるものであり、何かやらかした部下に対して怒りを伴って激しく怒鳴ることはあるが、さっぱりした性格なのでその怒りも数分とかからず消えている。
シルバのようなそこまでゲンゾウと関わりのない人間から見れば常に機嫌が悪そうに見えるが、実態としては別にそうでもないというのがゲンゾウ・クロイワという男である。
にもかかわらず、今現在のゲンゾウは大変機嫌が悪い。
シオンは三年近くゲンゾウとの付き合いがあるが、彼がここまで機嫌を悪くしているのを見たのはほんの数回程度だ。
「どうしたんですか? 技術部門のお偉いさんから予算カットの知らせでもきたんですか? それとも新型兵装がNGでもくらいました?」
「……別にそういう問題じゃねえよ」
シオンの問いに対してゲンゾウは鼻息荒くそっぽを向くだけで何も答えてはくれない。
基本的にさっぱりした性格のゲンゾウの反応としては非常に珍しいパターンだ。
少なくともシオンが挙げた例のような内容だった場合、人類軍技術部門のトップたちがいかに頭が硬いのかについて悪態をつきながら文句を言うはずだろう。
それをしないとなると、いつもの不機嫌とはまた次元の違うものであると考えるしかない。
「……そんな機嫌でうちの局長と会うの、あんまりよろしくないんじゃないすか?」
シルバの指摘に対して、ゲンゾウの目がギラリといつもの数倍の眼光を放った。
慣れているシオンでも一瞬びくりとするほどの威圧にシルバの頭に唐突に狼耳がログインした。本能的な恐怖で意図せず飛び出してしまったらしい。
「……お爺ちゃん。シルバくんに当たっちゃダメよ」
「…………チッ」
アカネの苦言にゲンゾウは再びそっぽを向いて窓の外を睨みつけ始めた。
そんな子供のような態度にアカネは苦笑している。
「ごめんねシルバくん。うちのお爺ちゃんが」
「いえ、オレの方も年上に生意気なこと言ったんで」
「いいのよそこは。自分の孫くらいの子にそんな心配される方が悪いんだから」
ゲンゾウ本人のそばでアカネは言いたい放題である。
そんな真似ができる人間、アカネ以外にはほとんどいないのではないだろうか。
「……まあ、少し話題がまずかったのはあるんだけどね」
「話題?」
「お爺ちゃんの不機嫌。原因は今から会う局長さんにあるのよ」
アカネ曰く、今からシオンたちが会いに行く対異能特務技術開発局の局長はゲンゾウと顔見知りであり、出会った頃からの犬猿の仲であるのだという。
「出会ってからずっと、なのですか?」
「そうね。確か二十代の時にはもう知り合いのはずだから、ざっと四〇年の間そういう関係なんじゃないかしら」
「そりゃあ機嫌悪くなりますね……」
それだけ長く付き合いがあれば双方ともに丸くなって折り合いがつけられるようになりそうなものなのだが、それができなかったあたり相当に相性が悪いと見た。
「でも、それがわかってるなら来なくてもよかったんじゃないですか? 別に親方たちは名指しで呼ばれてたわけじゃないですし」
「それこそ論外だ!」
シオンの指摘にゲンゾウが突然大声を出した。
「俺にはなぁ、あの女の考えることなんてお見通しなんだよ。この呼び出しを放っておいたらろくなことにならねぇ」
「ろくなことにならないって……」
その具体的な答えを聞く前に車は研究施設の前に到着する。
促されるままに車を降りれば、白衣をまとうひとりの女性が堂々と待ち構えていた。
髪は白く顔にもシワが刻まれており、女性がそれなりの年齢であることは一目でわかる。
しかし腰は曲がることなく背筋はしっかりと伸びており、纏う空気もどことなく力強く、髪や顔からうかがえる情報と雰囲気がちぐはぐになっている。
そんな女性は若者と遜色ないしっかりとした足取りでシオンの前に歩み寄り、握手を求めるように手を差し出した。
流れるような所作にシオンは無意識に握手に応じる。
「対異能特務技術開発局局長、ヘレン・ローリング。よろしく頼むよ」
「あ、はい。シオン・イースタルです。初めまして」
「ええ初めまして。とは言っても、私たちはよくマリーからも話を聞いているから初めましてなんて気はしないんだけれどね」
ハキハキとしゃべるヘレンにますます年齢がわからない。
ただゲンゾウとの関係を考えるとそれこそ彼と同じ六〇代なのではないだろうか。
握手をそのままにそんなことに考えを巡らせているシオンに対し、ヘレンは「ところで」と口を開いた。
「シオン・イースタル君。早速なんだが、十三技班なんて抜けて対異能特務技術開発局の子になるつもりはないかい?」




