2章-監視つきな休日①-
マイアミ基地での話し合いを終えて二日。
〈ミストルテイン〉はまだ出航することなく基地に停泊している。
〈ミストルテイン〉やECドライブ搭載型機動鎧は最新型の実験機である。
つい一月ほど前に実戦に投入されたばかりであり、長期的な運用に関しては今回が初めて。よってこのマイアミ基地にて、一度大規模な点検がなされている。
その大規模な点検は元々予定されていたことで、今日を含めてあと一週間程度の期間が予定されている。
その間〈ミストルテイン〉は当然この基地を発つことはできないし、機動鎧の出撃も余程のことがなければない。
つまり、〈ミストルテイン〉の船員たちの大部分は一週間ほどの休暇を与えられたわけである。
「さて、こんなもんかな」
〈ミストルテイン〉船内に与えられた自室でシオンは姿見の前で軽く服装を確認していた。
ここ最近は軍服ばかりだったが、今は黒のパーカーに七分丈のベージュのパンツといういかにも休日の少年というスタイルである。
何故こんな恰好をしているのかと言えば、こんな恰好がふさわしい場所へと行くからだ。
とりあえず問題ない服装であると判断したシオンは軽い足取りで通路を歩き、格納庫へと向かう。
「よーっす、待たせた?」
「……待ってはないけどそのテンション腹立つな」
陽気なシオンとは真逆に嫌そうなハルマ。
彼のすぐ後ろにはレイスとリーナも控えており、さらに三人とも私服姿だ。
「お、俺が最後か! わりぃな待たせたか?」
「だから待っては……いやもういい」
続けてシオンと同じような調子でやってきたギルに、ハルマは諦めたように大きく息を吐いた。
そんなハルマの疲れた様子は特に気にせずシオンとギルはわちゃわちゃとじゃれあい、そんなふたりを見てレイスとリーナは困ったように苦笑している。
「……なんでこうなったんだ」
「そりゃあ、俺が出かけるとなると監視なしってわけにいかないし」
本日のシオンの予定は、マイアミの町にでかけることである。
しかし、シオンは人類軍の協力者である一方で《異界》の関係者でもある。
そんなシオンが好き勝手に出かけるのを許容するわけにはさすがにいかず、最低でも二名の人類軍兵士を監視役として同伴させることが決まった。
シオンも面倒には思ったが仕方がないと割り切ってそれには合意している。
そして今日、その監視役としてシオンについていくことになったのがハルマ、レイス、リーナの三名というわけだ。
ちなみに、ギルは一緒に出かける単なる友人という立ち位置である。
「俺はミツルギ艦長とアンナ戦術長を希望したんだけど……」
「戦術長はともかく艦長を連れ回せるわけないだろうが!」
怒鳴り声と同時に容赦のないチョップがシオンの頭を襲う。
「普通に痛いんだけども」
「うるさい。そもそも俺にこの仕事が回ってきたのはお前が兄さんに妙な約束取り付けたからだろ」
シオンがアキトに取り付けた約束というのは、「マイアミ基地周辺で手に入る嗜好品十品」のことである。
手札をひとつお披露目する対価としてアキトに要求したご褒美をもちろんシオンは忘れておらず、元々この外出もアキトを連れ出して約束通りのご褒美を受け取るためだった。
それがどうしてハルマを監視役にすることに繋がるのかと言えば、ハルマがアキトの血縁であることが大きく関係している。
艦長であるアキトはいくら点検中とはいえ〈ミストルテイン〉を離れることが難しい。しかし約束した以上シオンに嗜好品十品を買い与えなければならない。
一番簡単なのはシオンにクレジットカードなりを預けて自由に買わせるという方法だが、それはアンナによって待ったがかかった。
シオンの性格をよく理解しているアンナは、そんなことをしようものならシオンが思いつく限りの高級品を十品買い漁ると確信していたのだ。
さすがにそんなことはしないと反論したシオンだったが、アキトはアンナの言葉を信じた。
その末にアキトが考え付いたのが、信頼に足る人間にカードを預け、さらにシオンの監視役として同伴させるという方法。
そしてその信頼に足る人間というのが、実の弟であるハルマだったわけだ。
「まあまあ、こうなった以上仕方ないよ」
「そうね。これも任務の内だし、落ち着きましょう」
レイスとリーナの言葉によって不満そうにしつつも落ち着いたハルマ。
それを確認したシオンは意気揚々と格納庫の一角――船外へと通じるスロープを指差した。
「じゃあ行こうか! 目的地は決めてないけどまあなんとでもなるさ!」
「あ、まだダメだよ。あとひとり待たないと」
歩き出そうとしたところでレイスに止められたシオンだが、同時に今の言葉に首を捻る。
「あとひとりって……俺、お前たち三人が監視役だってことしか聞いてないんだけど」
「昨日の夜に急遽追加になったの。……まあ監視役かと言えばそうでもないんだけどね」
監視役でもない同行者。そういう意味ではギルがそうではあるが、少なくともシオンはギル以外を誘ってはいないし、監視役である三人がそんな人間を誘うのもおかしい。
それにリーナの口ぶりからしてもっと別の人間の指示で加わったのは間違いなさそうだ。
いったいどのような人物がやってくるのかと考えているシオンの背後から小走りの足音が聞こえてくる。
「待たせちゃってゴメン! あたしが最後だよね……」
飛び込むようにやってきたナツミにシオンは目を白黒させる。
相当急いできたのか息を切らしているナツミは直前の言葉からして最後の同行者ということらしい。
しかし一体どういう事情でこうなったのかがシオンにはさっぱりわからない。
「えっと?」
「あーなんていうか、昨日の夜に基地のお風呂でラステル戦術長に会って……」
マイアミ基地での点検期間中、シオンのような例外を除いて〈ミストルテイン〉の船員たちは希望すれば基地内の宿泊施設を利用することができる。
宿泊施設はかなり大きく快適なものらしく、大規模なスパなどもあるらしい。
そしてナツミは昨晩そこでアンナと偶然遭遇したそうだ。そして、
――アナタとこんなに話すのは士官学校時代以来ね。どう、元気?
――うんうんそうよね。卒業していきなり操舵手なんて大変よね……あ、そうだ!
――明日、シオンがハルマくんたちを監視役に連れて町にくり出すのよ。よかったらそれに同行しない?
――アナタのお兄さんのお金でスイーツ巡りするつもりだろうから、嫌じゃなかったらアナタもついでに甘いもの食べてリフレッシュしてきなさいよ
――お兄さんへの説明はアタシに任せて! この一か月頑張った自分に、ご褒美あげてきなさい
「って感じで。あたしがちょっと楽しそうだなって思って強く断らなかったこともあって、あれよあれよとこういう展開に……」
「うん、わかった。あの人ならやるわ」
あまりにアンナらしい思いつきに、会話の様子が目に浮かぶようである。
ただ、少々どころかかなり強引だが、間違いなくナツミのことを心配してのことなのだろう。
ナツミ本人も満更でもなさそうであるし、ナツミであればシオンも同行してもらって構わない。
「んじゃまあ、何はともあれ今度こそ出発しよう!」
こうしてシオンたち六人のマイアミ観光は始まったのだった。




