9章-知った者たち①-
結局のところ、アキトたちはあの草原でシオンに対してなんの言葉もかけることはできなかった。
アキトたちの反応はシオンにとってもある程度想定内だったのかあちらから何かを求められるでもなく、むしろ気を遣われたのか空間転移で〈ミストルテイン〉の格納庫まで送り届けられ、そのままシオンが立ち去り自然と解散してしまった。
立ち去るシオンを追いかけたギルとガブリエラは何かしら自分の答えを出したのかもしれないが、それはアキトたちも知るところではない。
示し合わせたわけでもなくアキトはアンナとミスティと共に艦長室に戻る。
「……さすがにちょっと、予想外だったわ」
しばらく続いた沈黙を破ったのはアンナだった。
「やられたらやり返すタイプだってのいうのは知ってたし、当時何もできなかったとしてもどこかのタイミングで仕返しはしてたんじゃないかって思ってた」
アキトも似たようなことを考えたことがなかったわけではない。
それが蓋を開けてみれば即座に復讐を済ませていた。しかもこちらの想定をはるかに越えた規模での虐殺という形でだ。
アキト以上に付き合いの長いアンナでもそうあっさりと飲み込める事実ではないだろう。
復讐という行為を肯定するか否定するかというのは難しい問題だ。
人間社会の法に則るのなら復讐は認められた行いではない。
しかし、法によって第三者の視点から加害者を裁くことと被害者の気が済むかどうかは別問題なのだ。
十分な罰が下されたなかった場合に実際に何かを奪われた被害者に忍耐を強いることが正しいのかと問われれば、少なくともアキトは頷くことはできないだろう。
さらに言えばシオンの復讐は苛烈だ。
数十人のテロリストたちを殺したことと比べて、文字通り桁が違う。正確な人数はわからないが、あの復讐劇でテロリスト以外も含めて数百人は確実に焼け死んでいる。
結果的には先にテロリストたちに奪われた人数と数は近いのかもしれないが、テロに直接関与したか怪しい町の人々まで巻き添えにしてしまっている。
決して肯定することはできないし、見て見ぬふりができることでもない。
「……そもそも、どうしてわざわざ事実を伝えてきたのでしょう」
ミスティは理解できないとわかりやすく眉間に皺を寄せた。
「隠していることは簡単だったはずです。あんなこと私たちにはどうやったって調べることなんてできませんから」
「本人は区切りをつけておこうと思ったって言ってたけど」
「その彼の言う区切りというのがなんなのか、私にはどうしてもわからないんです。下手をすれば私たちとの関係を壊すかもしれないとわかっていて、それでも真実を語らなくてはいけなかったんでしょうか?」
ミスティの言う通り、シオンは幻で過去を見せる前に真実を知ったアキトたちがシオンを恐れるかもしれないと自ら口にしていた。
隠そうと思えばいくらでもできたはずの事実をそのリスクを冒してまで打ち明けた理由はなんなのかという彼女の疑問はもっともなものだと思う。
だが、おそらくその答えはそう複雑なものではないのだ。
合理性や損得という視点で考えるなら、シオンが真実を打ち明ける理由など思い当たらない。
だとすれば、シオンが打ち明けると決めた理由はそういった考え方ではなく感情から来たものなのだろう。
「俺は、あいつなりの誠意のつもりなんだと思う」
シオンと正面から向き合うアキトやアンナに。
シオンにとってかけがえのない友人であるギルやハルマに。
紆余曲折の末にシオンを信用すると告げたミスティに。
シオンを好意的に見てくれる近しい者たちが相手だからこそ、自分の決して正しいとは呼べない側面を自ら告白することにしたのではないだろうか。
「ありそうっちゃありそうよね。……あの子、身内認定したら本当に甘いから」
「ついこの間名前を聞かれたかと思えば、即座にこうも扱い変わるんですか……? 本当に極端が過ぎますよ」
アキトの予想に納得しつつ呆れ顔のアンナと急な態度の変化に頭を抱えているミスティ。
そんなふたりにアキトは確認しなければならないことがある。
「ふたりはシオンをどう思う?」
自らを“悪なる神”と称した少年を、彼が為した想像以上の復讐劇を、ふたりはどのように感じたのだろう。
「俺は……明日からもこれまで通りシオンと接するつもりだ」
シオンの復讐は決して褒められたことではないし、アキトもそれを肯定することはできない。
だが、それによってアキトの前でシオンがしてきたことが消えるわけではない。
復讐を行ったのが朱月の言う通り正真正銘のシオンなのだとしたら、アンノウンの脅威から多くの民間人を守ってきたのも、アキトたちを守ろうと命をかけたのもまたシオンなのだ。
真実を知ってしまった以上それについて何も考えずにはいられないが、少なくともシオンのことを恐れたり距離を置くつもりなんてアキトにはない。
アキトの言葉にアンナはふんと鼻息を荒げる。
「アタシがどうするかなんて言うまでもないでしょ。……というか、今更手のひら返すとでも?」
実際のところ予想できていた答えにアキトはただ頷く。続いてミスティの方を見れば彼女は頭を抱えていた。
「なんというか、すぐに結論を出せる問題じゃないです。……というか、しばらく様子を見てようやく自分の中で決着がついたところだったのにその直後にこんな爆弾を放り込んでくるなんて、彼は私に何か恨みでもあるんでしょうか?」
「名前聞いた時点で恨みなんてないんだろうけど……性格の相性といいこういうタイミングといいホントにふたりはうまくいかないわよね」
「とにかく保留です! とりあえず結論を出すまで態度を変えるつもりはありません!」
半ばやけくそ気味ではあるがミスティも答えを出した。
結論、ここにいる三名は今まで通りということになる。
そう思うと、アキトは少し笑えてきた。
「艦長、どうかしましたか?」
「いや……明日のシオンの反応を予想したら少し笑えてきた」
「……ああ、確かに」
おそらくだが、シオンはアキトたちの態度が変わることを仕方がないことだと考えているだろう。
恐れられても仕方がないというような前置きをしていたのはその表れだ。
にもかかわらずアキトたち三人が態度を変えずに接してくるのだ。
ああ見えて不慮の事態には年相応に弱いシオンは確実に動揺して反応がおかしくなるに違いない。
「(そう考えると、やっぱりあいつは“悪なる神”なんて大袈裟なものでもないんだろうな)」
そういった側面があることは確かだが、同時にまだ十代半ばの子供であることも紛れもない事実なのだ。
ならばアキトはシオンを“神”ではなく人間の子供として扱ってやりたい。
それがアキトの出した答えだった。




