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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
9章 暗中模索
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9章-草原の廃墟-


少し強く風が吹き、緑生い茂る草原がざわめく。

膝ほどの高さがある雑草で埋め尽くされた草原を横切るようにある舗装された古い道を、アキトたちはシオンの後に続いて進んでいた。


「(この道も、十年前の名残か)」


道の続く先は研究施設などが集まる島の中央ではなく、南側へと続いている。


アキトが事前に確認した第一人工島の情報によれば、そこは旧居住区――シオンがかつて両親と共に暮らしていた場所に当たる。


「(ただの墓参り、じゃあないだろうな)」


もしもかつて亡くした両親や近しい人々に挨拶しに行くというだけだったなら、シオンはきっとアキトたちに声をかけない。ひとり、誰にも知らせずにそっと向かう方が余程シオンらしいだろう。

しかしシオンはアキトだけではなく、ハルマ、レイス、リーナの機動鎧パイロット3名、ギル、ガブリエラ、アンナ、ミスティと八名もの人間にわざわざ声をかけたのだ。

何か目的があるのは間違いないだろう。


誘われたメンバーの多くはそれを察して黙ってシオンに続くばかりで、普段通り先導するシオンと会話しているのギルただひとりだ。

それがなければ本当にただ沈黙が痛いだけの道のりになっていただろうと思うと、ある意味幸いかもしれない。


そうしてしばらく進めば、アキトたちが進む先に広がる緑以外のものが見えてきた。


「……建物、の残骸か」


すっかり朽ちてしまっていて原型はわからず、全体に緑の蔦がまとわりついている。

鉄骨とコンクリートでできたそれは間違いなく人工的に作られたものだった。


それを一瞥して、シオンは迷わず足を進める。


最初のひとつを過ぎれば、そこから先にはいくつも似たような残骸が見てとれた。


建物の原型を残さずある種のモニュメントにようになってしまっているもの。

逆さの状態で草原に転がっているすっかり錆び付いてしまった乗用車らしきもの。

比較的建物としての形を残しつつも、その中まで雑草に侵食されてしまっている廃屋。


「思ってたより、そのまま残されてるんだな」

「……哀悼の意も含め、できるだけ手を出さないでいるそうだ」

「哀悼、ね」


シオンの言葉に含まれたどこか嘲笑うような響きに違和感を覚えつつ、歩みを止めない彼に続く。


そうして居住区の中央あたりまで来ると、これまでとは異なる真新しい建造物が目についた。


「これ……慰霊碑ってやつですか?」


コンクリートで樹木を模したようなモニュメントの一角には年号やこの場所で起きたテロについて、そしてその一件で命を落とした人々の名が刻まれていた。

いつ頃のものかはわからないが、事件の後に犠牲者の追悼のために作られたのだろう。


シオンは無言のまま慰霊碑に近づくと、犠牲者の名前が刻まれた場所をそっと撫でる。


「犠牲者の冥福を祈る慰霊碑……か」


――なんて、馬鹿馬鹿しいんだろ。


吐き捨てるように発せられた言葉に、一瞬反応が遅れた。


「馬鹿馬鹿しいって……」

「言葉通りですよ。……ここにこんなご立派なもの作ったって意味なんてないのに」

「意味がない……?」


アキトの問いに、シオンは笑った。

見てくれこそ普段の笑みとそう変わらないが、そこにはなんの感情も込められてはいない。


「だって、この島には何ひとつ残ってない。死んだ人たちの魂も、記憶も、心も、ほんのわずかな残留思念のひとつだって存在しない。……焼け死んだ後の灰くらいならもしかしたら残ってるかもしれませんが、そんなものこの場所で生きていたみんなじゃない」


淡々と口にされた言葉はひどく平坦な響きをしているのに、不思議と胸が締め付けられるような嘆きを感じさせる。


「……どうして、残ってないって断言できるの? 仮にここになかったとしても島は広いんだし何も残ってないかどうかはわからないじゃない」


アンナの問いにシオンは首を横に振る。


「残ってませんよ。だって、俺が全部喰らい尽くした(・・・・・・・・・)んだから」


シオンの言う意味がアキトには理解できなかった。

それはアンナやミスティたちも同じで驚きと戸惑いを表情に滲ませている。

ただ、ガブリエラひとりはシオンの言葉に悲痛な面持ちを浮かべていた。


「……すみません。ちょっといらないものを見て取り乱しました」


善意で作られた慰霊碑を忌々しそうに“いらないもの”と評しつつ、シオンは自らを落ち着かせるようにひとつ息を吐いた。

それから真剣な面持ちでアキトたちに向き直る。


「ここにみんなと連れてきたのは、伝えておきたいことがあったからです」

「それは……何を?」

「俺の昔話。≪天の神子≫が生まれた日のこと……それから、俺が初めて人間を殺した日のこと」


言葉を終えるとともにシオンの足元から広く魔法陣が展開された。

アキトたち全員がその魔法陣の内側に囲い込まれる。


「これより語るは憎しみに溺れし幼児の復讐劇。生まれたての神が為した悪逆無道。……全てを知ったあなたたちは俺を恐れるかもしれないけれど、隠し続けていてはいけないことだから」


シオンが瞳を閉じれば魔法陣が輝きをさらに強める。


「呼び起こすは我が記憶 再演の刻は今 夢想の舞台にて在りし日の真実を示そう」


直後、とてつもなく眩い輝きによってアキトの視界は真っ白に染まった。


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