9章-懐かしい場所-
短い海上移動は平穏そのもので、なんの障害もなく〈ミストルテイン〉は第一人工島へと到着した。
現地での誘導に従って人工島の西側にある港へと戦艦を近づけていく。
「ずいぶんと立派な港があるんだな。ここは対異能特務技術開発局しか使ってねえって話だったが……」
ラムダがそういった感想をこぼすのも当然と言えば当然だ。
ブリッジから確認できる第一人工島の港は島の西側に広範囲に広がっている。〈ミストルテイン〉くらいの戦艦であれば二十隻は同時に停泊できるだろう。
事実、対異能特務技術開発局にしか使われていないのだとすると確実に持て余す規模だ。
ただ、シオンからすれば別に驚くことでもない。
「別に、単なる再利用だからですよ」
「再利用?」
「対異能特務技術開発局がここを使うより前から、この島の港はああだったので」
作物などを最良の環境で大規模に栽培・生産し、世界中の食糧難に悩まされている国々に分配するのがかつての第一人工島の存在理由だ。
だからこそこうして大きな港を築き、輸送船を同時に複数迎えられるようにしていた。
もちろんこの港も十年前のテロでそれなりに破壊されていたはずだが、修理して再利用しているのだろう。
「……みんな、着艦するぞ」
少しだけ硬い声で出されたアキトの指示にブリッジの面々が動く中、シオンは改めて港を見下ろす。
「……どうせなら、もっと見る影もなくなってりゃよかったのに」
シオンの呟きは着艦準備でざわつくブリッジに溶けて消えていった。
レオナルドからは第一人工島のセキュリティが厳しいと聞かされていたのだが、蓋を開けてみればそのようなことはなく〈ミストルテイン〉の船員たちはあっさりと受け入れられた。
正直拍子抜けではあるが、外部の人間を多数招いての催しを行うと事前に決まっていれば対異能特務技術開発局側もそれなりの準備を整えていてもおかしくはない。
島への立ち入り自体は来客用に緩め、代わりに各研究施設のセキュリティを強化するなどの対策でも取られているのだろう。
「(そうなるとレオナルドさんの仕事はやりにくいんだろうけど……まあ俺の知ったこっちゃないか)」
レオナルド本人どころかアキトたちにすら教えていないが、シオンにはレオナルドの居場所が筒抜けである。何せあの結晶はシオンの魔力でできているのでその気になればいつでも居場所を探れるのだ。
そのおかげでシオンはレオナルドがさっさと港に降り立った上にすでに島の中央あたりを目指して移動し始めていることまで把握できているが、この後彼は苦労することになるかもしれない。
それはそれとしてこの後のシオンたちの予定だが、実のところあまりしっかりとは決まっていない。
そもそもの話、新型戦艦並びに新型機動鎧のお披露目はまだ数日先なのだ。
ちょうど近くにいた〈ミストルテイン〉は取り急ぎ他の任務もなかったので前乗りしたというだけで、特別何か起こらない限りはその数日間暇することになる。
特に意味も目的もなく海を見つめるシオンの髪が潮風に揺れる。それと共に感じた潮の香りが懐かしく思えて目を細める。
「……戻ってきたって、こういう感覚なんだ」
言葉にできない懐かしさ。生まれてから一度たりとも感じたことのないもの。
これこそが長らく離れていた故郷に戻ってきたという感覚なのだと理解すると共に、やはりこの島こそがシオンの故郷なのだと実感する。
かつて両親と共に幸せに暮らした場所。
決して多くはなかったが、生まれて初めての友人たちと出会った場所。
そして、≪天の神子≫たるシオン・イースタルが生まれた場所。
そんな場所に十年越しにこうして戻ってきたことは、ひとつの運命なのかもしれないと柄でもないことを考える。
「(でもまあ、ひとつ区切りをつけるにはちょうどいい機会なのかも)」
忘れたわけではないし、目を背けてもいない。シオン自身あの日の選択を後悔していない。
ただ、それを今大切だと思える人々に伝えられていないのも事実で。
「おーい、シオン。この後どうするー?」
ちょうどよく声をかけてきたギルを見て、シオンはひとつ覚悟を決める。
「ねえ、ギル。他に何人か誘って行きたいところがあるんだけどさ」
ギルに、そしてアキトやハルマたちに少し昔話をするとしよう。
≪天の神子≫の誕生を語るのに、ここよりも適した場所などないのだから。




