9章-レオナルドとの交渉③-
簀巻き状態から解放されようやくまともな状態で艦長室に降り立つことができたレオナルドは自身の体の状態をチェックするように手足を動かしている。
「結構な時間縛られてたし半ば宙吊りだったのにどこも痛くない。もしかしてシオン君は人を縛るのに慣れていらっしゃる……」
「誤解を招きそうな表現はわざとですね。もう一回縛ってあげましょうか?」
「ごめんなさい」
茶番を繰り広げつつシオンのことをまじまじと見つめてくるレオナルドにどうも居心地が悪い。
「あんまりじっと見られるとうっかりビームとか撃っちゃいそうなんでやめてもらえます?」
「君、物騒だよね? いつもこんな感じ?」
「いや? こんなに臨戦態勢なシオンは初めて見る気がするな」
アキトが首をひねればミスティも同調するように頷く。
「暗殺騒動の加害者たちにも大して興味がなさそうでしたし、私がかなり敵対的だった頃でもそういった実力行使を仄めかされたことはありませんが」
「じゃあなんで僕はこんなに扱いがあれなのかな?」
「胡散臭いからじゃない?」
「アンナ教官がほぼ正解です」
レオナルドは雰囲気からして怪しいし胡散臭い。
加えてシオンに向ける視線の意図がいまいちわからないのも、臨戦態勢をとってしまう原因である。
「暗殺しようとしてきた人たちとか前までの副艦長はわかりやすく敵意満載だったので、命狙ってきそうだな〜手ぇ出してきたら潰せばいっかな〜って感じで逆に気楽だったんですけど、レオナルドさんは考えが読めないので……シンプルに気持ちが悪い」
敵意ある者に対処することには全く抵抗はないが、そうではない相手となると対処に困る。困るあまりに大してケガなどさせない程度に攻撃して追っ払ってしまいたくなる。とシオンは説明した。
「つまり、逆にそういう風に言われてる間は割と安全ってことだね」
「電撃でビリビリしたりビームでギャグ漫画風に軽く焦げたり髪がチリチリになるのが苦じゃないなら」
命がどうなるかという意味では確かに割と安全である。
「というか、ホントになんなんです? すごく見てきますよね」
「あーいや。君のことはウワサを聞くくらいで本物は初めてだからね。情報部の職業柄どうしても気にはなっちゃうんだよ」
「ごめんごめん」と誠意の感じられない謝罪をしつつもやはりレオナルドの視線は外れない。
「それにしても、こんなにアキトに懐いてるのは予想外だったよ。手綱を握ってるアキトとは友好的な関係だってウワサは聞いてたんだけど」
「(むしろそこらへんがウワサになってるっていうのはどうなんだろ?)」
〈ミストルテイン〉的に良いことなのか悪いことなのかで言うとどっちかと言えば後者な気がする。
ただなんだかんだとこの状態に慣れてしまったシオンとしては今更前のような距離感のある関係に戻れる気がしないし、戻す気もない。「ま、いっか」とあっさり思考を放棄した。
「実際俺ってばアキトさんのこと大好きですので、さっきの呪いも冗談ではなく永遠の眠りにつくことになるのでご注意くださいね」
「あはは、熱烈だね」
「なんやかんや丸一日デートした仲なので」
「何それ面白そう」
「ふたりとも、そろそろ話を進めてもいいか?」
ペラペラとしゃべるシオンとレオナルドにアキトからストップがかかる。
彼の中で「こいつら似たもの同士だな」と思われていることをシオンもレオナルドも知る由はない。
「とりあえずだが、レオの存在自体はここにいるメンバーだけで共有する。侵入者の件は他にも何人かの船員に伝わってるだろうが、問題なく対処したことにしておこう」
「そうですね。“拘束後、尋問などは基地の人類軍に任せることになり身柄を預けた”という話にしておきましょうか」
艦長であるアキトがレオナルドの同行を認めてるとはいえそれはあくまで非公式のもの。
情報の漏洩を防ぐと共に、知らせないでおけば船員たちに余計なウソなどをつかせずに済むという考え方はレオナルドがアキトのみに接触しようとしたのと同じことだ。
「レオナルドは艦長室で匿う。幸い第一人工島までは大して時間もかからないしな」
〈ミストルテイン〉の現在地はハワイ諸島。同じく太平洋上にある第一人工島への移動には大した時間がかからない。
その間レオナルドに艦長室や隣接するアキトの私室に待機していてもらえばそれで事足りるだろう。
「道中はそれでいいけど、到着後は? どういう体で人工島に立ち入ればいいんだい?」
第一人工島がどのような形でアキトたちを迎え入れるかは不明だが、レオナルドの言うようにセキュリティが高いならノーチェックとはいかないだろう。
レオナルドはそれを自力でなんとかするつもりだったようだが、潜入に協力するといった手前アキトたちもそれを考えなければならない。
「船員のふりしてもらうか……もしくは船員たちのチェック中のどさくさに紛れて別ルートで入ってもらう?」
「まあ、そうなるかな。僕が自分で用意してたのとあんまり変わらないけど……」
アンナとレオナルドがうんうん唸るのを前に、シオンはすっと手を挙げた。
「あの、そういうの面倒なので俺の魔法でちょちょいと誤魔化せばいいのでは」
「ちょちょいとって」
「認識阻害の魔法で誰にも気づかれなくするとか、第一人工島の人気のないところに空間転移させるとか、やろうと思えばなんとでもできますけど」
シオンの発言にレオナルドは「は?」とこぼして固まった。
「え、そんな身も蓋もないチートみたいなことできるの?」
「まあ、できるわよね」
「できますね」
「できるな。……なんなら空間転移は俺でもできる」
彼から問われてアンナ、ミスティ、アキトの順で肯定の返事をする。
当のレオナルドはそんなにあっさり肯定されると思っていなかったのか「えぇ……」とあからさまに困惑している。
「どうします? おすすめは認識阻害ですけど……」
「えっと、それじゃあそれでお願いしようかな」
「あ、好きな色は何色ですか?」
「色? ……青、かな」
両手をおにぎりでも握るかのような形で合わせ、魔力を集約させる。
ものの数秒で青い魔力の結晶を作り出すと適当な紐を通してレオナルドに渡した。
「はい、これを身につけてる間は認識阻害の魔術が発動します。おまけで監視カメラや各種センサーの無力化も仕込んでおきました」
「早いし効果えげつないな⁉︎」
驚きつつも興味深そうに青い結晶を観察するレオナルド。
それから怖がる様子もなく早速それを身につけた。
その瞬間、ミスティとアンナから小さく驚きの声が上がる。
「この感じだともうふたりには見えてないのかな?」
「そうですね。あと声ももうふたりには聞こえてません」
レオナルドは「へー」と言いながらアンナやミスティの周りをぐるぐると回ったり顔の前でひらひらと手を振ってみたりと効果を試している。
「あれ? アキトには見えてるんだね」
「アキトさんはそれなりに魔法も使えるようになってますから。なのでもちろん人外相手には全然効果ありません」
人外相手でも効果があるように調整することもできなくはないが、そこまでするとシオンがなかなか大変であるし、今回の場合はそこまでする必要はないだろう。
仮にそれを見抜かれることがあったなら、それはそれでレオナルドには好都合なはずなのだから。
「……なるほど。これを付けてる間に声をかけてくるような人がいれば、それが僕のターゲットってわけか」
シオンの意図に気付いたらしいレオナルドはどことなく楽しげな笑みを浮かべた。




