9章-レオナルドとの交渉②-
追加の条件についても話し終えて、アキトは真っ直ぐにレオナルドを見据える。
「それで、どうする?」
レオナルドはまだ考えがまとまらないのか目を閉じてじっと考え込んでいる。
「嫌ならそれでもいい。その場合シオンにさっき目隠しを解いた以降のお前の記憶を消してもらうことになるけどな」
「物騒だな⁉︎」
「大丈夫です。ちょっと今あなたに優しくしてあげたい気分なので安全にやりますよ」
「記憶消す時点で大丈夫じゃないよね?」
アキトとシオンから穏やかではない内容を話されて一瞬目を見開いたものの、彼は再び目を閉じると一言も発することなく考え込み始めた。
その間、アキトも邪魔をしないように沈黙を守っていたので、シオンやアンナたちもそれに倣って静かに待つ。
「こっちからも確認するんだけど……アキトたちは【異界】についたわけでも洗脳なんかされてるわけでもないよね?」
「和平を実現したいとは思うが、あくまでこちらの世界のために行動するつもりだ。洗脳についてもない……んだが、証明する手段はないな」
いつかガブリエラがレッドに向けられたのと同じ疑念をレオナルドは持っているらしい。
どちらも証拠となるようなものを用意できることではない以上はアキトの言葉をレオナルドが信じるか否か問題になるだろう。
先程までと逆に今度はレオナルドがアキトのことを見定めようと視線を投げかける。
ここまでふざけたような態度を見せることが多かった彼だが、その目はウソを決して許さない鋭さを宿している。さすがは情報部の人間といったところだろうか。
「……洗脳云々はともかく、前者にウソはなさそうだね」
「そう思ってもらえたなら何よりだ」
「オーケー。その話に乗ってあげるよ」
ふっと表情を緩めたレオナルドはアキトの提案を受け入れることを宣言した。
「僕の仕事を手伝ってもらえるならかなり助かるし、人外と仲良くして戦争をさっさと終えられるならそれに越したことはないし、人類軍がウソをついてるなら暴きたい。そっちの出してきた条件はどれも俺にとってそう都合が悪いものでもないからな」
「人類軍上層部を探るならそれなりにリスクがあると思いますけど?」
「別にそれは普段からやってるからなー。つい去年くらいにも賄賂だのなんだのやってた高官をひとり豚箱に送ったばっかりだよ僕は」
「本人も言いましたけどアキトさんが洗脳されていない証拠はありませんよ?」
「それを言うなら僕がアキトに答えた内容が真実だって証拠もないさ」
シオンが問えば即座にレオナルドは答える。
言葉だけではなく声や視線、彼の挙動の全てにシオンは意識を向けてそれを聞く。
「ここに来てずいぶんと質問攻めにしてくるけれど……そんなに僕は信用できないかな?」
「そりゃそうですよ。俺はあなたと初対面ですもん。……レオナルドさんも俺のことかけらも信用してないでしょ?」
「まあそうだね。じゃあお互い様か」
レオナルドが笑ったのに応えるようにシオンも笑う。ただしお互い本気で笑ってるわけではない。
「アキトさんが信用してるので大丈夫とは思いつつもやっぱり個人的には心配なんですよね」
「気持ちはわかるよ。僕も君の立場なら信用できないからね」
「じゃあ、ちょっと保険をかけてもいいですか?」
すっと影に巻きつかれたままのレオナルドに歩み寄り、彼の左胸があるであろう位置にそっと手をかざす。
「俺なら、あなたに呪いをかけられる。あなたがアキトさんのことを裏切ろうとした瞬間に発動、なんていう条件式の呪いをね」
「シオン、お前……」
「アキトさん、これだけは俺も譲れません。……この人は俺にとっては信用できない人類軍のひとりでしかないんですから」
この男が裏切ればアキトやこの〈ミストルテイン〉が被る被害はかなりのものになる。
そんな爆弾のような存在、しかも信用に足らないとくれば、シオンは手を打たないではいられない。
「……私も賛成です。艦長や戦術長にとっては信用に足る人物なのだとして、潜入や工作に長けた情報部の人間となればなおさら」
「ミスティまでか……」
アキトはレオナルドにそこまでするつもりはなかったのだろう。シオンとミスティの提案も予想していなかったようで驚いているのがわかる。
しかしシオンもミスティも、この〈ミストルテイン〉を、アキトを守るためにもここは譲れない。
「ま、首輪をつけたいってのはよくわかるかな」
アキトが答えを出すより先にレオナルドが口を開いた。
「いいよ。その呪いとやらをかけてくれても」
「……いいのか?」
「幸い裏切る予定が全くないからね。あってもなくても同じことさ」
余裕の態度でウィンクして見せたレオナルドにためらいはない。本人の同意が取れているならアキトも文句はないだろう。
「では、レオナルドさんがアキトさんを裏切ろうとした場合に死亡ってことで」
「自分でオーケー出しておいてなんだけどエグいね⁉︎」
「やめときます?」
「……いや、さっきもいったけど裏切る予定はないから大丈夫だよ」
自身の命がかかわっているというのにレオナルドに迷いはない。
少しくらいはためらいそうなものなのだが、本人の言葉通り裏切るつもりがないということなのだろうか。
「なんとなく裏切らなさそうなのとアキトさんとアンナ教官のお友達ということでサービスして、呪いも永遠に眠り続けるくらいで留めておきましょうか」
「それ死亡となんか違いある?」
「真実の愛のキスをしてもらえれば目覚めるチャンスがありますね」
「え、僕、お姫様にされちゃうの?」
何はともあれシオンは約束通りレオナルドに呪いをかけた。
これでシオンとミスティも納得の上で、彼は〈ミストルテイン〉と協力関係になった。
「まあなんにせよ、改めてこれから第一人工島までよろしく頼むよ」
ひとつウィンクを決めたレオナルドではあるが――、
「簀巻き状態でカッコつけてもあんまり意味ないと思うわよ?」
「だよね! とりあえず降ろしてもらえないかな⁉︎」




