9章-レオナルドとの交渉①-
「シオン、ひとつ確認したいんだが、お前はどの程度人間の記憶を操作できる?」
どの程度と聞いてくるあたり、アキトはシオンにそれができないとは微塵も思っていないらしい。まあ実際そうなのだが。
「得意じゃないので“特定の事柄に関する記憶飲み消す”みたいな器用な真似は自信はありません。でも直近一定時間の記憶をまるっと消し飛ばすくらいなら分単位から年単位までやれますよ」
「今から話すことをあとから忘れさせることはできるってことだな」
シオンが頷けばアキトはひとつ頷いてレオナルドの拘束を解くように促す。
「……今の、すごい遮光性と遮音性だね。情報部に欲しいくらいだ」
「お褒めに預かり光栄です。……本音言ってもいいですよ?」
「本物の暗闇と無音があんなに怖いものだとは思わなかったよホント!」
本気か演技かはわからないがレオナルドは若干涙目だった。
「まあそれはさておき」
「さておかないでほしいんだけどな!」
「レオ。お前の頼みを聞くかどうかを判断するに当たっていくつか質問がある」
アキトの真剣な様子を察知したのかレオナルドも直前までのおちゃらけた態度を引っ込める。
「ひとつ、お前は人外に対してどう考えている? ただ倒すべき敵か? 対話可能な隣人か?」
「……僕を含めて情報部は、人間相手戦うことが多い」
アキトの問いにレオナルドは静かに答えを述べ始める。
「相手は世間に知られないように悪事を働くような狡猾な人間ばかり……正直口にしたくもないようなえげつない真似をしてることも多い。それと比べれば、対異能特務技術開発局を通じて人類に力を貸してくれてる人外には断然好感が持てる。だから、僕は彼らを敵とは見なさない」
シオンから見てその言葉にウソがあるようには思えない。アキトも同じように判断したようだ。
「そうか。……じゃあ次の質問だ。お前は、場合によっては人類軍と敵対する覚悟はあるか?」
「……急に不穏な質問になったね」
「答えてくれ」
「…………」
さすがに簡単に答えられる問いではないのかレオナルドは口を噤む。そんな彼からアキトは目をそらさない。
「僕は、裏に潜んで悪巧みをする人間を見つけ出して対処するのが仕事だし、そういうことがしたくて情報部にいる。……仮に人類軍がそういう輩に牛耳られてるっていうならそれを暴くのが、僕のやりたいことってことになる。だから僕の答えはイエスだよ」
数秒間アキトがじっとレオナルドを見つめる。
やがてその言葉を信じられたのか、アキトは表情を緩めた。
「わかった。それが聞ければ十分だ」
「じゃあ協力してくれるのかな?」
「それはこの後の話にお前が乗ってくれるかどうかだ」
「段階多いな……」
不満気にするレオナルドだがこちらの話を聞く気はあるようで大人しくしている。
「手早く話を進める。レオ、俺たちがふたつの世界の和平を実現するのに協力してほしい」
「具体的には?」
「まず、人類軍内外問わず人外との和平に積極的な有力者のピックアップ」
「ふんふん、それくらいならお安い御用さ」
「それから《太平洋の惨劇》の真実に関する調査を」
「ちょっと待って」
ひとつ目を聞いた時は余裕そうだったレオナルドだがふたつ目の内容に一気に真顔になった。
「なんでここで《太平洋の惨劇》が出てくるのかな? しかも真実って何?」
「実は、現在公にされている情報が人類軍に都合よく改竄されたものかもしれなくてだな」
「ホント待って」
レオナルドから待てがかかるが、アキトはあまり気にすることなく先日聞いたばかりの【異界】側の見解について説明した。
「あちらの言っていることが真実だと断言はできないが、俺はあちらの言い分を信じている」
「まあ、僕も前から人類軍の発表に多少疑問は持ってたけども……」
「どっちの言い分が事実かはっきりさせるためにも、ちょうど人類軍内部を探れる人材が欲しかったんだ」
アキトはその役目をレオナルドに任せようとしているのだ。
「……これ、どう考えてもそっちの頼み事の方が重たいよね? しかもとんでもなく」
「まあな」
アキトはあっさりとそれを認めた。
シオンとしても、むしろそんな条件を突きつけられたレオナルドの方に同情したいところである。
「それについては俺もわかってる。だからお前に有利な条件も追加してやる」
「僕に有利?」
「まずひとつ。俺たちは人類軍周辺に潜伏している人外がいること。そして人類軍内部に人外と協力関係にある人間がいるということを確定情報として把握している。情報部のような可能性の話ではなくな」
「……は? さっき予想外みたいな反応してなかったっけ?」
「そんなこと俺たちは一言も口にしてない。あれは、俺たち以外からその話題が出てきたことについての驚きだ」
「あー……なるほど」
「そしてお前が協力してくれるならそれらの情報をお前にも共有する。お前の上司に報告する内容については多少相談したいがそれは話してからでいい」
「……まあ、悪くない条件かな」
現状いるかいないかすら曖昧なものが確かにいるとわかるだけでも情報部としては確かな前進であるし、情報部の想定していなかった人間の内通者についても情報が得られるのだ。
決して悪い話ではないだろう。
「で、他にもあるんだよね?」
「次に、お前の対異能特務技術開発局の調査に俺たちも協力する。第一人工島への潜入はもちろん、その後の調査も含めて全面的にな」
「……それは、そこのシオン・イースタル君も協力してくれるって認識でいいのかな?」
「もちろんだ」
シオンはアキトからそういった話を聞いた覚えはないが、もとより対異能特務技術開発局のことを調査するつもりでいたのでレオナルドに協力するのは問題ない。
なので確認するように視線を投げかけてみたレオナルドにははっきりと頷いて見せてやった。
「人間だけで人外の調査をするのは厳しい、というのはお前もわかってるはずだ」
「……正直、そこの彼が手伝ってくれるってなるととんでもなく心強いね」
人間に見抜けないような偽装でもシオンなら見抜くことができる。
レオナルドには決してできないレベルの調査が可能になるということだ。
こちらについては悪い話ではないどころか、レオナルドにとって好条件すぎると言ってもいいだろう。




