9章-シオンの人員補充計画②-
「自分がもうひとりいたらいいのになーって思ったりしません?」
アキトからの説明要求を受けて四人のシオンはアキトの前で正座しており、食堂から戻ったシオンが説明役として口を開いた。
ちなみにアキトと話をしていたシオンはどことなく気まずそうだが、他三人のシオンは特に悪びれることもなく平然としている。
「まあ、忙しい時なんかにはそう思うことはあるな」
「でしょ? 俺は前から技師とパイロットの仕事で大変だなーとは思ってましたし、最近マリーが来てからは新型開発とかも始まってもっと忙しくなったんですよ。実際クラーケンとの戦いでは手が足りなくて朱月に手伝い頼むことになっちゃいましたし」
技師の仕事はひとまず置いておくにしても、アンノウンとの戦いでシオンという替えが効かない戦力がひとりしかいないがために調整を考えなければならないケースは確かに見られ始めている。
まだ大問題とは言わないが、放置しておいていい問題ではない。
「しかも今後は和平を目指すとかもありますし、もうひとりくらい俺がいればやれることも増えるんじゃないかなーと思いまして」
「思いまして?」
「ちょっとお試しで三人ほど増やしてみました」
「どう考えてもそんな気軽にやることじゃねえだろうが」
シオンに普通の人間には到底できない無茶ができることは十分承知しているつもりだが、だとしても気軽に三人も分身を作り出すとまでは思っていなかった。
驚くべきか怒るべきか恐れるべきか。いろいろな感情が混ざり合って一周回ってアキトは冷静になっている。
「というか、せめて俺には事前に連絡しろ……普通の船員がうっかり目撃したら騒ぎになるだろ」
「……それでOKなあたりアキトさんもだいぶ毒されてきてますね」
「誰のせいだ」
とりあえずオリジナルらしい説明役のシオンの頭にゲンコツを落としておく。
「にしても、どういう魔術なんだこれは」
その気になれば分身を作ることはできると“天使”を捜索していた頃に口にしていたのは覚えているが、その時具体的な方法などについてはまでは聞いていない。
大きな声では言えないが、シオンが複数いると便利なのは間違いないのでデメリットがないならシオンの考えている通り分身を作らせてもいいかもしれないと思っている。
その判断のためにも詳しいことは聞いておきたい。
「簡単に言えば、依代になるものに俺の人格や記憶を丸っとコピーしてる感じですね」
「コピー……その割に四人のうちひとりだけ反応が違う気がするんだが」
アキトの示した先には先程までアキトと話をしていたシオンがいる。
最初からそうだが、他三人と違ってこの状況に対して反省の色が伺えるように思う。
「あー、あくまで“シオン・イースタル”じゃなくて“特定タイミングのシオン・イースタルのコピー”っていう独立した存在ですからね。考え方とか経験とか全部コピーしてるから基本的にオリジナルの俺がするであろう動きをするんですけど、分身後の経験とかで若干判断にズレが出るんですよ」
「俺はその……アキトさんが俺をすごく気遣ってくれてことを知ってるのに、その直後にこのアホみたいな状況なので他と違って申し訳なさみたいなものが……」
「なるほど……」
“アキトに心配してもらった”という分身してからの経験がオリジナルや他の分身と異なるからこそ、現在の態度に若干の違いが生じているということらしい。
「ソフト面の説明はそんな感じで、次にハード面ですね」
「ハード……依代にも違いがあるのか?」
「違いがあるっていうか、わざと違いを作ったんですよね。検証のために」
それからオリジナルのシオンはビシッと手を挙げた。
「オリジナルのシオンです。便宜上0番ということにしてます。本体なので普通に生身の体です!」
「分身番号1番のシオンです。魔力のみで構築した体を依代にしてます。いろいろと融通は利くんですが維持にかかる魔力量が多めでちょっとコスパ悪いです!」
「分身番号2番のシオンです。土を使って作った昔ながらのゴーレムを依代に使ってます。見た目は幻術でいい感じに誤魔化せますが強度に難あり。さっきサラさんとぶつかった時に首が取れちゃって、それに驚いたサラさんが卒倒して医務室に搬送されました!」
「分身番号3番のシオンです。余ったパーツで組み上げた小型機動鎧もどきを依代にしてます。見た目は2番と同じで幻術で誤魔化してます。強度はそれなりだけど部品が損耗することを考えると意外とランニングコストが高そうです。あとさっき面白がった先輩方により右腕にマシンガンが仕込まれました。割とお気に入りです!」
「やっぱり一長一短あるね……とりあえず不幸だったサラさんに向かって合掌」
ぴったりな動きで医務室がある方角を向いて合掌した四人のシオンにアキトは頭が痛い。
「人外界隈では魔力で作った依代を使うのがスタンダードなんですけど、オリジナルからの魔力供給が途切れるとあんまり長持ちせずに消えちゃうとかデメリットもあるので、とりあえず三パターンの実験をしてたわけです」
「まあ、それはわかる。大事なことだ」
できるだけコストなどを抑えて運用できればそれに越したことはなく、そのための比較実験をするのは正しい判断だと思う。
ただ、だからと言って問題なしと判断していいかと聞かれると、素直に頷いてはいけない気がする。
「というか、十三技班の面々は当然のように許容してるのか」
「そうじゃないと働かせられないですもん。サラさんの件は不幸な事故でしたが」
「「人手が増えるならいいな」の一言でしたね。あと3番の改造をノリノリで考えてる一派が」
「左腕をロケットパンチにするか小型の〈ライトシュナイダー〉仕込むかで揉めてますね」
「ゴーレムの俺にも多少なんか仕込めそうじゃない?」
四人のシオンがわいわいと答える。
今更感はあるが十三技班の魔術慣れはやや異常ではなかろうか。
「それより、やっぱり実際に運用するならホムンクルス作るしかないかな?」
「まあ、やっぱりちゃんとした体があるのが一番かー」
「ホムンクルス……俺は錬金術方面疎いけど作れる?」
「確か≪魔女の雑貨屋さん≫で美少女使い魔制作用のホムンクルス売ってなかったっけ」
四人のシオンがわちゃわちゃと話す内容にやや恐ろしいワードが含まれていることは理解しつつも、アキトの脳はそれについて深く考えることを拒否している。
アキトの目的であるシオンの胸中の確認は達成できているのだから、これ以上ここにいる必要はないだろう。
「……どうあれ、具体的な行動を起こす前に必ず俺に報告して許可を申請しろ」
「「「「はーい」」」」
「(あんまりやばいことをしそうな場合は許可を求めてきた時に却下すればいいだろ)」
これ以上あの話題に付き合うとひどく疲れることを予期したアキトはそう結論を出し、同じ声で議論する四人分の声を背に格納庫を立ち去るのだった。




