9章-シオンの人員補充計画①-
〈ミストルテイン〉艦内。
格納庫へと続く通路をアキトの表情はわずかにだが強張っている。
「(考えすぎかもしれないってのは、わかってるんだけどな)」
昨日、〈ミストルテイン〉の次の目的地は第一人工島ということで話はまとまった。
しかし、アキトはずっとシオンの胸中が気がかりで仕方がない。
第一人工島。
そこは世界中で見られる食料問題を解決すべく主要国家の合同プロジェクトとして世界中の有識者を集めて作られた新時代の食糧生産特区であり――テロによってシオンが両親や近しい人々を亡くした土地でもある。
事件はあまりに凄惨で、人はもちろん建造物もほとんど残らなかった。
結果的にテロリストたちの映像なども発見できず、犯行声明などもなかったことで十年経過した今でも実行したテロ組織すら判明していない。
その少し後に新暦の開始が宣言されたこともあり、旧暦最後にして最悪のテロ事件と呼ばれている事件だ。
だからアキトはシオンに事前に話をした。
彼にとって故郷である一方で悲しみの記憶ばかりが残るであろう土地に何も言わずに連れて行くのは気が引けたからだ。
実際に話をしてみたところ、シオン本人は驚いてこそいたがそれ以上のアクションはなく、アキトの判断に頷いただけだった。
素直に受け取るなら大丈夫ということなのだろうが、アキトはどうしてもあっさりとは納得できなかった。
「(あんなにも心に深い傷を刻んだ事件を、本当に割り切れてるのか?)」
ふたりで話をした月夜の砂浜でのことを思い出す。
そこで垣間見えたシオンの「失いたくない」という願いは、かつて大切なものを失った記憶から生まれたものに違いない。
それほどの傷が、本当に癒えているのだろうか?
シオンが胸の奥にしまいこんだ苦しみを思い出させてしまうのではないだろうか?
そんな心配を抱えていたアキトにミスティとアンナは気づいたらしく。
幸い〈ミストルテイン〉がまだ停泊中で比較的余裕があることもあり、ふたりに背中を押され、アキトは格納庫にシオンの様子を見に行くことにしたのだ。
格納庫に到着したアキトは相変わらず機械の音で騒がしい中シオンの姿を探す。
少し探せば遠くに機動鎧のパーツの側で他の技師と話をしている後ろ姿が見えた。
早速そちらに向かおうとアキトは歩き出そうとしたのだが、
「あれ? アキトさん?」
突然背後からシオンに声をかけられて驚く。
振り向いた先のシオンはアキトの大袈裟な反応に驚いたのか目を丸くしている。
「(いや、シオンはあっちにいたはず……?)」
戸惑いつつ先程シオンの後ろ姿を見かけた場所に目を向けるが、そこには誰もいない。
「……アキトさん?」
「いや、なんでもない」
おそらくアキトの見間違いか何かだったのだろうと判断して改めて側にいるシオンの方に向き直る。
「格納庫までどうしたんですか? 気晴らしですか?」
「いや、少しお前に用が「大変だ! サラさんがぶっ倒れた!!」
アキトの言葉を遮るように響き渡る悲鳴のような声。
女性と思しき名前と倒れたという物騒な内容に思わずそちらに注意がそれる。
ちょうどさっき見間違いをしたパーツの影から出てきた物資運搬用であろう台車を押す男性技師とそれに乗せられた気を失った女性技師がアキトたちのそばを通り過ぎて格納庫を出て行った。
「今のは……」
「十三技班ではまあまあよくある光景だから大丈夫です。寝不足じゃないですかね?」
「マリーが来て新型開発のプロジェクト始まってからみんなやる気のあまり寝るの忘れがちで〜」とのんびり話すシオンに「それでいいのか?」とは思うものの、他の技師もそこまで気にしていないようである。
「で、なんですっけ? 俺がどうとか」
「あ、ああ。お前に用がダダダダダダダダダダうるせえな⁉︎」
改めて口を開いたアキトの言葉は今度は激しい音によって遮られた。
「いや待て、うるさい以前に今の音マシンガンか何かの発砲音じゃないか?」
「兵装のテストでもしてるんじゃないですかね? あるあるですよ」
「まあそうかもしれないが……」
いつもに増して騒がしいように感じるのは気のせいだろうか?
「それよりほら、俺に用なんでしょ?」
「……ああ。実はだな――」
二度あることは三度ある。という言葉もあるので少し警戒していたのだが、ようやくアキトはここに来た本題「第一人工島に向かうことについてシオンは本当に大丈夫なのか」に話を進めることができた。
アキトの話を聞いてシオンは少し驚き、困ったような笑みを浮かべた。
「なんか、すごく心配してもらっちゃったんですね」
「気にしすぎとは思ったんだがな」
「いえ。……多分、俺がハワイで言ったこと気にしてるんでしょ」
アキトが心配するに至った経緯まで見事に言い当てたシオンは申し訳なさそうにしている。
「心配してくれて、ありがとうございます。……でも、本当に大丈夫ですよ。確かに何も思うところがないとまでは言いませんけど、ちゃんと割り切れてるので」
改めて大丈夫だと口にするシオンをアキトはじっと見つめる。シオンもそんなアキトから目をそらさずに真っ向から視線を受け止めている。
その様子からして、こちらを気遣って無理をしているというわけでもなさそうだ。
「……ならいい。仕事中に邪魔して悪かったな」
「いえ全然。ただ、その〜……」
「なんだ?」
「その話、今ここにいる俺が答えちゃったの少し微妙かも、とか……」
何かを思い出したかのように歯切れの悪くなったシオンが口にした内容にアキトは疑問符を飛ばした。
「意味がわからないんだが」
「ですよね! 俺も変なこと言ってる気はしてるんですけど」
答えになっていない言葉にもう一度アキトが質問を投げかけようとした、その時だった。
「はいみなさーん! シオン君が食堂で昼ごはんもらってきてあげましたから、頼んできてた人たちはさっさと取りに来てくださーい!」
格納庫の入り口から無数の段ボール箱を浮かせつつ現れたシオンにアキトは言葉を失った。
それから目の前にいるシオンに視線を向けるが、そのシオンも困ったように微笑みつつ確かに存在している。さらに、
「俺0番! やっぱりこの体は耐久性に難ありって感じなんだけど!」
「0番。俺は関節部がちょっと調子悪い。これ長期的に見るとメンテのコスト結構高いんじゃないかなー?」
どこからともなく第三、第四のシオンが現れた。
現時点でアキトの見える範囲に四人のシオンがいることになる。
「…………」
周囲の状況にアキトは片手で顔を覆う。
数秒ほど頭の中で考えを巡らせたのち、目の前であわあわしているシオンの肩に手を置き、彼を逃さないためにそこそこの握力で細い肩を掴んだ。
「とりあえず、説明してもらおうか」




