2章-話し合いの後で①-
上層部との話し合いを終え、シオンはマイアミ基地内にあらかじめ用意されていた一室に戻る。
自身の今後を決める重要な話し合い。
一見シオンはいつも通りで飄々としているように見えたかもしれないが、実際はそれ相応に緊張していた。
だが、こうして無事に話し合いを終え上層部の目もひとまずなくなった今、気を張る必要など少しもない。
「あ~、終わった~!」
「終わった~! じゃないわよこのすっとこどっこい!」
開放感に大きく背を伸ばしたシオンの後頭部が容赦なく引っ叩かれて「あばっ!?」という妙な悲鳴が漏れ出た。
引っ叩かれた部分をさすりつつ振り返れば青筋を立てているアンナと若干顔色が悪いアキトがこちらを見ている。
「教官……どこですっとこどっこいなんて日本語表現覚えたんですか」
「論点はそこじゃないから。アンタ、ああいうことするつもりだったならせめてアタシたちに相談してからにしなさいよ……」
先程の上層部との話し合いの席に、アキトとアンナのふたりも同席していた。
人工島におけるクリストファーとシオンの話し合いに同席していて、なおかつここに来るまでの〈ミストルテイン〉でシオンの監督・指揮を行っていたとなれば当然と言えば当然の参加だと言えるだろう。
そして、シオンがあの話し合いで上層部に持ち掛けたふたつの要望のうち、後者はこのふたりにも全く話していなかった。
ふたりからすればシオンがいきなり自分たちの知らない要望を上層部に投げかけた上に、脅迫とも取れるような態度まで取り始めたのだ。驚いても仕方がないだろう。
ただこの件についてはシオンのほうにも言い分はある。
「相談とは言いますけど、事前に相談してあることが知られるとまずいじゃないですか」
アキトとアンナのふたりはあくまで人類軍の軍人であり、シオンを監視する立場にある。
アンナはシオンとの親密さがディーンにまで知られているくらいなので今更かもしれないが、アキトがシオンの思惑を事前に把握していたというのは、人類軍から見てあまり好ましいことではない。
シオンを監視する立場にあるアキトが監視対象と近しい関係にあると思われでもすれば、被害を被るのはアキトのほうだ。
「確かにそういう考えもあるでしょうけど、だとしてもやり過ぎなのよ! アキトの胃に穴が開くかと思ったわ!」
「あ、顔色悪いのはそういう……」
「……せめて事前に聞いて身構えておきたかったところだ」
腹を押さえているアキトの様子にさすがのシオンも罪悪感を感じざるを得ない。
素直に頭を下げてごめんなさいと言っておく。
「というか、あそこで突っぱねられてそのまま関係破綻とかになったらどうするつもりだったのよ」
「んー八割方大丈夫かなと思ってたので」
シオンの要望自体はそこまで人類軍にとってマイナスになるものではない。
内容としてはシオンを対象にしている手出し無用の命令の範囲を広げるだけでよいのだから、出費があるわけでも損害が出るわけでもないのだ。
加えてシオンがやって見せた魔法による威嚇も、おそらくそこまで重く受け止められてはいない。
所詮シオンはひとりの小柄な少年であり、対する人類軍は世界中に戦力を有する大組織。
――いかにシオンが異能の力を持つとはいえ、本気を出せば問題なく抑え込める。
上層部の人々はきっとそういう風に考えているだろう。
デメリットはなく、シオンの力も恐れるほどではない。
その一方でアンノウンに対して有効な戦力と情報を得られるとなれば、損得勘定はシンプルだ。
「だとしても、あの場で炎を出したのはやり過ぎだ」
相当シオンの行動に神経をすり減らしたのか、アキトは室内にあったソファに勢いよく座り込む。半分崩れ落ちたというのが正しいかもしれない。
「ああもわかりやすい暴力を見せつけては、一時の恐怖で損得勘定なんて無視した判断が為されたかもしれないだろう」
「ゴルド最高司令官がいてそんな展開にはならないと思いましたし、最悪まあ……、」
言葉の途中、シオンは咄嗟に片手で自身の口を覆った。
「言ったらヤバいことを寸前で堪えました」というのがバレバレな態度に自分でやっておきながら自分に呆れていると、それを見ていたアンナの背後に炎の幻が見えた気がした。
「最悪まあ、何かしら? ん? 言ってみな」
「イエ、ベツニナンデモ」
「別になんでもなくはないだろう? 何を考えていたか俺たちの目を見て話してみろ」
にじり寄るふたり、アキトには肩を、アンナには頭を思い切り掴まれてシオンに逃げる術はない。
大人ふたりのプレッシャーにあわあわしていると、部屋の外から声がかかった。どうやら来客らしい。
「はーい! すぐ出まーす!」
天の助けとアキトやアンナよりも素早く反応し了承の返事を返してしまう。
こうなれば来客の相手をしないわけにはいかないので、ひとまずふたりもシオンへの追求どころではなくなるはず。
微かに「後で覚えてなさいよ……」と呪詛のような言葉が聞こえた気がしないでもないが、アンナは来客を迎え入れるべく外へのドアへ向かう。
「……にしてもわざわざ俺を訪ねてくるとかどんな物好きですかね?」
「さあな。誰かもわからず迎え入れたお前がバカだというのははっきりしてるが」
刺々しいアキトの返事に苦笑しつつ、アンナが部屋に迎え入れた来客へと視線を向けた。
「突然の訪問、失礼する」
信用ならないはずのシオンのいる室内に警戒する様子もなく堂々と足を踏み入れたディーン・ドレイクは、見た目と同じくクールな調子でそう口にした。




