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【完結済】機鋼の御伽噺-月下奇譚-  作者: 彼方
9章 暗中模索
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9章-方針会議②-


「差し当たって、今回聞いた《太平洋の惨劇》に関する話題をここにいるメンバー以外に明かすつもりはない。言い方は悪いが明らかにしたところであまりメリットもないからな」

「でもよ。卑怯だの野蛮だのの扱いされてる【異界】側は気分悪いんじゃねえの? そんなレッテル貼られた状態で仲良くしてくれるのか?」

「それについては問題はないです」


ラムダの問いにガブリエラははっきりとした口ぶりで答えた。


「こちらの世界であの日のことがどのように語られているかはあちらの世界でも知られています。しかし真実を明らかにしてほしいわけではないというか……むしろこのままの方が好都合という意見もありまして」

「は? なんでだ?」

「アーサー隊長たちも同じように言っていた。……曰く、それでこちらの世界の穢れが増えるのを防げるならその方がいいと」

「穢れってのは、確かアンノウンの源になるとかいうやつだったか。詳しくは聞いてねえけど」

「そうですね」


話が魔術方面に寄ってきたので、ここまでは一歩引いていたシオンも話題に参加することにする。


「おさらいしますと、穢れっていうのはある種の魔力で、アンノウンを生み出したり、生き物に悪影響を及ぼしたりします。あ、ちなみに基本的に人外でも感知はできても目視はできないんですけど、高濃度になると人間でも人外でも目視できちゃいまして、そのレベルのものは直接触れればあらゆる命は即死なのでご注意くださいね」


かいつまんだ説明にラムダは頷きつつ後半で顔を顰めた。


「それはわかったけどよ、なんで今のままの方が穢れが増えるのを防げるんだ?」

「それはですね、汚れの発生源が生き物だからですよ」


生きとし生けるものは全て大なり小なり魔力を有する。

そして穢れとは生き物たちから発せられる負の魔力である。


「まあ二酸化炭素とか老廃物とかみたいなものです。生きていく以上どうしても微量発生するもので、それだけならアンノウンがどうのって騒ぎになるようなことじゃないんですけど……困ったことに生き物の精神状態が悪いと発生量が増加しちゃう性質があるんですよね」

「精神状態が悪いってのは、気分が盛り下がるとかそういうことでいいのか?」

「だいたいそんな感じです。逆にめちゃくちゃブチギレるとかでもなりますけど」


悲しみ、怒り、憎しみ、絶望などなど。

とにかく人の感情を抱けば抱くほど生き物は穢れを発するようになる。


「生き物全部とは言いましたけど、正直そこまで複雑な感情を持ってるのは人間くらいですからね。ぶっちゃけ人間が一番穢れを放ってると思ってもらっていいです」

「つまりなんだ? アンノウンがどうこうってのは人間の自業自得なのか」

「そういう考え方もありますね」


とはいえ今はその議論をしている場面ではない。


「で、今話したように人間が一番穢れを出しがちなわけで、さらに気持ちが下がったりするとたくさん穢れが出るってところまではみなさん大丈夫ですよね?」


質問者であるラムダを筆頭にここまで穢れについて細かく説明を聞いてこなかった面々が頷くのを確認してから、シオンは結論を口にした。


「世界中の人間が六年間騙されてたと知って人類軍に対して怒ったり、人類軍の失脚にこれ幸いとテロリストたちが暴れて死傷者が出て悲しんだり、はたまた急に信じていたものが否定されて大混乱したりと人々の心が荒れまくったとしたら、そりゃもう世界規模で穢れの大発生フィーバーが巻き起こるんですよ」


一部の地域で紛争があって穢れが増えるなどのレベルの話ではなく、世界規模でそのような開になりかねない。


ただでさえ何もしていなくても穢れの増加によってアンノウンの発生数が増えているのだ。そんな事件が起きてしまえば、人類軍や裏でこっそり動いてるであろう≪秩序の天秤(リブラ)≫などの人外たちがフル稼働してもアンノウンたちを捌き切れない可能性が高い。


【異界】で予言された災いが来る前にこちらの世界が滅びる――あるいはそれが予言された災いの可能性すらある。


だからこそ、【異界】側にとっては自分たちが悪く言われていようとも現状の方がまだマシなのだ。


「その、言い方は悪いけれど、どうして【異界】はそんなにこっちの世界のことまで気にかけてくれるの? ……自分たちの王様を奪った世界なのに」


【異界】が泥を被ってまでこちらの世界を気遣う必要があるのかというリーナの疑問はもっともだろう。少なくともシオンであれば確実に見捨てているところだ。

その疑問については、一時間ほど設けた話し合いの際に〈ミストルテイン〉側から投げかけて答えも受け取っている。


「人道的にーって部分ももちろんだけど、あっちの世界の防衛って意味も大きいんだってさ」

「でも、ふたつの世界は別々よね?」

「別々だけど、行き来はできるからね」


その気になれば人外も魔術であちらの世界に渡ることはできるし、アンノウンたちも【異界】とこちらの世界を行き来する術を持っているというのはアンノウンの転移に巻き込まれてこちらの世界に辿り着いたガブリエラの存在が証明している。


「……こっち世界で穢れが増加してアンノウンが増えてしまうと、その増えたアンノウンが【異界】に流れ込む危険性があるってこと?」


リーナの出した答えにシオンは頷いて正解であることを示した。

アーサーやガブリエラあたりはほぼほぼ善意から動いていそうだが、ちゃんとそれ以外の理由もあちらにはある。

ある意味そちらの方が安心して信用できるというものだ。


「とまあ、そういうわけだ。現状真実を明るみに出して得られるメリットが人間社会にはない。【異界】側も秘密のままであることを望んでくれているのだから、《太平洋の惨劇》の真実は公にはしない方がいいだろう」


アキトの総括にラムダたちも納得したように頷く。


「話を戻して今後の〈ミストルテイン〉の方針だが……俺はふたつの世界の和平を目指したい。今までのようにただ任務をこなしていくのは終わりだ」


全員を見渡しつつ、アキトは自身の考えを明確にした。


「もちろんこれは俺個人の考えにすぎないし、そもそも多少の権限はあれど一部隊にすぎない〈ミストルテイン〉で方針なんて言ったところですぐに行動に出れるわけでもない」


基本的に上層部から命令を受けて動く部隊であり、自由に行動できるわけではない。

どういった主張があろうとも思うままに行動できるわけではないというわけだ。


あくまで上の命令に従って行動する部隊において、このように艦長個人の主張を宣言することなどまずないのではないだろうか。


それがわかっていてなおアキトがこうして言葉にするのは、ある種の宣誓のようなものなのかもしれない。


「人類軍に反抗するわけではないが、今後の俺はそのつもりで考え、そのつもりで行動する。必ずしも部隊の利益を優先した選択をするとは限らない。……この後全ての船員にこの話はするつもりだが、異論があるのなら申し出てほしい」


方針に納得できないならばアキトの考えに付き合わせるわけにはいかない。

人事などに掛け合って経歴などに傷がつかないように別の部隊に異動できるように手配する。


「(そこまでちゃんとするのがアキトさんらしいというか……)」


アキトらしい言葉にシオンはなんとなく笑えてきてしまった。


そして異論があれば申し出てくれていいと言われた人々はというと――、


「……なんつーか、今更それ聞くか? って感じだな」

「そうよねー」


ラムダとアンナが呆れたように言う。

他の面々もなんとも微妙な表情をしていて、アキトの方がむしろ困惑しているようだ。なおシオンもアキトと同感である。


「あのな。……かなり怪しめのイースタルと普通にずっと船乗ってて、ハーシェルやレイルの嬢ちゃんがひょっこり仲間入りしたのも受け入れて、しかも今いるメンバーはコウヨウの正体だって知ってるんだぞ? 今更人外と仲良くするの嫌だーなんて言い出すヤツ、いると思うのか?」

「「あ」」

「アキトもアキトだがイースタルもかよ……」


「お前らたまにポンコツだよな」とアキトに加えてシオンに対しても呆れた顔を見せたラムダは、気を取り直すように咳払いしてから改めてアキトに向き合った。


「とりあえず、俺はその考えに異論はねえよ。戦争なんてやりたくねえしな」

「アタシも。というかよりにもよってアキトよりも前からシオンとズブズブなアタシにそれ聞く? 普通」


ラムダ、アンナに続いてこの場にいるそれぞれから異論ではなく同意の言葉が帰ってくる。


「おそらく私は異論を述べるのではないかと思われていそうですが、しませんよ。以前の私ならともかく、今の私は目の前の事実を受け入れられます。……人外と友好的な関係を築くことが不可能ではないともう理解しているつもりです」


最後に少し拗ねたような態度でミスティがそう答えて、この場の全員の同意が得られたことになる。


「なんというか、すまん?」


あまりにあっさりと同意を得られて逆に困惑しているアキトが気の抜けた言葉を返す。


その後、艦内放送などでアキトの考えを周知したものの、軒並み「今更?」という感想が返されただけであっさりと受け入れられ、誰ひとり戦艦を去ることなく新しい方針は定まったのだった。


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