8章-解散、それから①-
〈ミストルテイン〉とレイル隊、加えて“幽霊船”のキャプテンとの間の情報交換は終わった。
〈ミストルテイン〉は表向き今まで通り活動しつつ、人類軍内部で戦争に反対する人々と接触し、【異界】の“反戦派”の存在やその意思を伝えていく。
レイル隊も基本的にはこちらの世界での任務――主に本格的な戦争を始める前の偵察任務らしい――を表向きは進めるつつ、ガブリエラが“反戦派”に本格的に賛同することを同じ考えを持つ人々に秘密裏に伝え、動き出す準備を整える。
なお、ガブリエラは本人の意思もあって引き続き〈ミストルテイン〉に残ることになった。
不用意に【異界】に戻って“反戦派”として動くとレッドが最初に警戒したような洗脳疑惑などで“推進派”からどうこう言われる可能性があるので、それらへの対策を“反戦派”で整えてから本格的に動くことになる。
“幽霊船”はそういったこととは無縁だが、戦争に反対という考えは一緒ということでできることは協力してくれるらしい。
彼女曰く、「イッセイやタイチとは知らない仲でもないしねえ」とのことだ。
シオンとサーシャの手によってそれぞれが連絡を取り合うための準備もできている。
「ミツルギ艦長。私たちは貴方がたと出会えて幸運でした」
話し合いを終え、レイル隊が格納庫から彼らの戦艦〈レイル・アーク〉へ戻るのをアキトたちが見送ろうという中、アーサーはアキトにそう告げた。
「もしもここに訪れたのが他の人類軍の部隊であったなら、きっとこうも多くの言葉を交わすことはできなかったでしょう」
「それを言うのなら、こちらも同じです。“反戦派”であるレイル隊が相手でなければ、互いに殺し合うことしかできなかったかもしれませんし……個人的なことにはなってしまいますが、父の本当の最後を知ることができてよかった」
仮に他の“反戦派”と接触していても対話はできたかもしれないが、父であるイッセイについて詳しく聞くことができたかどうかは怪しい。
あちらの世界に迷い込んだ父を知るアーサーやタイチたちと出会えたことはアキトたちミツルギの三兄妹にとってこれ以上ない幸運だったのではないだろうか。
「お互いに運がよかった……あるいは誰かの導きなのかもしれません」
「亡くなった父の、でしょうかね」
「…………」
誰かがこの出会いを本当に導いたなら、それはアキトとアーサーのそれぞれを知るイッセイくらいではないだろうか。
アキトのそんな安易な思いつきにアーサーは何故か言葉を詰まらせた。
「レイル隊長?」
「ああ、失礼。もしかしたらそうなのかもなと……イッセイ殿はご家族のことを心から愛していらっしゃったようですから」
赤の他人、しかも異世界の住人から父の家族愛について指摘されるというのはなかなか気恥ずかしいところである。
「その導きついでに少しご相談したいのですが……よければもう少し気安く接していただけないでしょうか?」
「はい?」
「互いに立場はありますが和平を目指す同志でもありますし、イッセイ殿には個人的に剣の手解きを受けたりとお世話になりまして。できれば、ミツルギ家のみなさんとは仲良くできればなと」
「年齢も近いですし、どうでしょう?」と尋ねてくるアーサーにアキトは少し迷う。
アーサーと親しくしすぎるのは人類軍の軍人としてはあまり好ましくないことではある。
ただ、今後和平を目指すということもあり、先程までの話し合いの中で連絡手段までも確保してしまったので今更ではある。
人類軍の軍人だからどうだという話を抜きにするのなら、アーサーと親交を深めてあちらの世界での父のことなどを聞いてみたいという気持ちはあるわけで。
「わかりました。……いや、わかった。レイル隊長」
「あ、できればアーサーと呼んでもらえると……」
「意外と押しが強いわねこの人」
ここまで黙ってことの成り行きを見守っていたアンナが思わずという風にこぼした。
意外と言えば間違いなく意外ではあるのだが、よくよくここまでのアーサーの言動を思い出してみると、話し合いへの参加や協力して戦うことについてレッドが反論しても迷うことなく自分の考えを貫き通していたわけで。
穏やかな雰囲気の割にはなかなかの頑固者なのかもしれない。
「……わかった、アーサー。俺のこともアキトと呼んでほしい」
「! わかったよアキト」
アキトが要望を受け入れたことでアーサーはわかりやすく嬉しそうにしている。
その隣に控えているレッドは複雑そうな顔をしているが、それに関してどうこう言うつもりはないらしい。その姿からは諦めを感じる。
アキトももう細かいことは気にしないでおくことにする。
『……アキト・ミツルギ』
突然かけられた頭に直接響く声に一瞬反応が遅れた。
どこか機械音のような印象を受けるそれはソードのものだ。
「なん、でしょうか?」
突然であるのもそうだが、そもそもソードから声をかけられるような内容に心当たりがない。
シオンは何か把握しているようだがアキトからすれば何故言葉を発さないのかなど謎が多い人物であるため自然と警戒心が高まる。
『……ソウ警戒シテクレルナ。オ前タチノ父親ノ言葉ヲ伝エルダケダ』
そう告げたソードはアキトがそれに反応を返すのを待たずに続ける。
『全テノ物事ハ無数ノ側面ヲ有シ、正シサモマタヒトツデハナイ。時ニハ偽リガ真実ヲカクスコトモアルダロウ。……故ニ、オ前タチハ己ガ信ジル道ヲ行ケ』
それだけ言い残してソードはアキトへと背を向け、ひとり先に格納庫から飛び出して行ってしまった。
「あー、ソードの旦那が悪いな」
「いえ……あれは父の言葉、なんでしょうか?」
「ソードの旦那はそういうことでウソつく男じゃねえさ」
タイチはアキトの問いに迷わず断言した。
ソードがウソをつく必要もないので、実際にあれはイッセイの言葉なのだろう。
「(信じる道を行け、か)」
人類軍が悪とみなして倒そうとしたオボロが、実は多くの人間を守っていたことがある。
六年前の惨劇の真実も、アキトたちにはずっと隠され続けていた。
そんな正しさも真偽も不確かな世界を行くためには、他人の言葉ではなく自らが信じるものを見つけ貫くことが確かに重要なのかもしれない。
「さて、これ以上だらだら長居しても申し訳ないし、そろそろお暇しましょうかね」
サーシャの一声で改めて互いに挨拶を交わし、レイル隊の面々はこちらに背を向けた。
「あ、師匠。ちょっと忘れてました」
その背に突然声をかけたシオンは自分の影から取り出した手のひらサイズの箱をサーシャに向けて投げた。
サーシャはサーシャで驚きつつも危なげなくそれを受け取る。
「何これ?」
「いつだったか師匠が俺に渡してそのまんまにしてたよくわかんない箱です。……普通に得体が知れなくて怖いのでお返しします」
「あらー、そんなのあったようななかったような……まあとりあえず受け取っておくわ」
サーシャは受け取った箱を自分のマントの中にしまうと、アキトたちを見回してウィンクする。
「それでは〈ミストルテイン〉のみなさん、うちの弟子をよろしく。……シオン、またそのうち会いましょうね」
その言葉を最後にレイル隊の面々は〈ミストルテイン〉の格納庫から去って行った。
「それにしても、ずいぶんと長い時間人間たちの船で過ごしてしまいましたね」
〈レイル・アーク〉のブリッジでレッドが大きく息を吐いた。そこにはわかりやすく疲れが滲んでいる。
「“幽霊船”も〈ミストルテイン〉もそれぞれ行ってしまったし、少し寂しい気分だ」
「俺はむしろやっと気が休ましましたがね!」
「レッド、お前今日はいつもに増して言葉遣いブレッブレだぞ」
「……なんのことでしょう。私はいつも通りですが」
「…………お前が真面目キャラになりたいのはわかってるけど、ぶっちゃけ無理があると思うんだよなぁ」
そんなアーサーたちのやり取りを横目に、サーシャはシオンから受け取った箱を取り出した。
それに気づいたタイチが箱をじっと見る。
「なんだこの箱。綺麗な正方形で開け口っぽいものも何もねえじゃねえか」
「そうねえ」
「これ、何が入ってるんだ?」
「さあ?」
「……元は自分のものなのでしょう。それなのに中身がわからないなんて……」
首を傾げるサーシャに対してレッドが呆れたような目を向けてくるが、サーシャはそんな視線を気にせずに答える。
「いや、違うわよ?」
「……は?」
「だから、これアタシのじゃないの」
レッドが呆気に取られているのを他所にサーシャはポーンとその箱を投げ上げる。
かと思えばその箱が空中でポンと軽い音を立てて爆発し、その煙から何かが姿を表した。
「さてさて、――さっきぶりね、シオン」
「ええ。さっきぶりですね、師匠」
唐突に姿を表した何かは、誰がどう見てもシオン・イースタルその人でしかなかった。




