8章-彼女の意思①-
「前振りした割にめちゃくちゃ驚くじゃないアンタたち」
驚きから盛大に叫んだシオンとギルに対してアンナが呆れたように言う。
「ギルはともかく俺は驚かないとは言ってないです」
「あ、シオンずりぃ」
「あと、お姫様なのに騎士とか普通にツッコミどころ満載で処理が追いついてない感じが」
「そこはまあ、アタシもそんな感じだけど」
この場でガブリエラがウソをつくとは思えないので事実なのだろうが、どうして第一王女などという身分のガブリエラが騎士をやっていたのかがさっぱりわからない。
「えっと、ガブリエラちゃん。今シオンも言ってたけど、そこらへんの事情について聞いてもいい?」
「は、はいもちろんです」
シオンとギルの叫びに驚いていたガブリエラもアンナの言葉で気を取り直したように説明を再開する。
「まず、私は先程も言ったように第一王女ですが、王位継承権については放棄しているんです」
「どうして? やっぱり王様は男じゃないとダメとか?」
「いえ、先先代――私の祖母は女王として王位に着いていましたので、そういった性別による問題は関係なく。単純に私には向いていないなと思いまして、自分から放棄しました」
ガブリエラの言葉にシオンは小さく首を捻る。
まだガブリエラとの付き合いはそこまで長くはないが、頭も悪いということはないだろうし、人格的にもなんの問題もないように思う。
特に、ここまで話に聞いていた王家の在り方――無欲で人々のことを大切にするというような在り方とはぴったりで、むしろ向いているのではないだろうか。
「むしろガブリエラが王様ってよさそうな気がするけどなー」
ギルがまさにシオンの考えていたことを口にしたのでシオンもうんうんと頷いて同意を示す。おそらくアキトやアンナも同じように思っているだろう。
しかしガブリエラは冷静に首を横に振った。
「その、私の言う向き不向きは能力的なものでして……」
「ガブリエラ、俺みたいに馬鹿じゃねえじゃん」
「そこではなくて、魔術の才能の話なんですよ」
“魔術の才能”というガブリエラの言葉にシオンも含めて〈ミストルテイン〉の面々が首を捻る。
「王の役目は王国を見守り、そこに暮らす民の安寧を守ることです。そのために求められるのは例えば王都から王国全体を遠視の魔術で直接見渡せることであったり、集落に迫る魔物たちを防壁で退ける力であったり……少なくとも自ら戦場で剣を振るうことではありません」
確かに大事な王が前線で剣を振り回しているのは臣下たちとしても気が気ではないだろう。
【異界】は戦乱の世というわけでもないので尚更だ。
「私は、どちらかといえば剣の才に恵まれまして……魔術の腕は弟のミカエラの方がずっと上なのです」
「だから弟さんに王位を譲ったのね」
「ええ。そうなのです」
自分よりも王としての適性がある弟がいるので王位継承権を放棄した。そこまではわかった。
「でも、それと騎士になるはイコールじゃないような」
王位継承権を捨てたとはいえ王女は王女だ。別に騎士になどなる必要はない。
そんなシオンの指摘にガブリエラは「それは、そのー」とあからさまに視線を彷徨わせる。
そしてガブリエラのそんな姿を見ていたアーサーが小さく吹き出した。
「みなさんも思い当たるかと思いますが、ガブリエラはなかなかお転婆です。王位継承権を放棄したかと思えば、王城で大人しくしているよりも国のためになることをしたいと言い張りまして……やや強引に騎士になってしまったんですよ」
「笑い事じゃねえんですよ! あの時、メイド長が卒倒したんですからね!」
「その話は今はいいでしょう!」
いいところのお嬢様が騎士になるなんて一悶着あっただろうと思ってはいたのだが、実際はお姫様だったわけで。
その際にあったであろう騒動の規模はシオンの想像を確実に越えているだろう。
「と、ともかく、私は間違いなく騎士ですが、王家の出身であることも事実です。……その私という手札があれば、王国における“推進派”と“反戦派”の関係に一石を投じることができるはずです」
王の考えに反する“推進派”はそのままでは賊軍になってしまうが、第一王女であり現王の姉であるガブリエラがその味方をするとなれば話は変わってくる。
「王位継承権を放棄しているとはいえ同じ王家の後ろ盾があるなら安易に賊軍として扱うことはできなくなるでしょう。少なくとも今よりは動きやすくなるはずです」
今のように少しでも隙を見せれば潰されかねない状況を好転させることができるとなれば、“反戦派”がかなり動きやすくなることは間違いない。
ガブリエラの言い回しはやや控えめだが、その影響は相当に大きい。
現状不可能とも思える和平の実現に希望が見えてくる。
だが、シオンにはそれを素直に喜べない。
「ガブリエラはさ、それで後悔しない?」
シオンの問いにガブリエラは少し言葉に詰まった。
それは彼女にとってこの選択が決して軽い気持ちでできるものではない証拠だ。
思えばガブリエラはシオンたちに対して最初から“反戦派”であることを明言していた。
しかしここまでの話で第一王女が“反戦派”の旗頭になっているという話題は出ていない。
つまり、少なくとも【異界】においてはガブリエラは自身の立場を明確にしていなかったのだろう。
和平を熱望している彼女がそうしていなかったということは、相応の理由があるはずだ。
「ガブリエラがその選択をして苦しむようなことがあるなら、俺はそんなことしなくていいと思う」
シオンの言葉にガブリエラを含むこの場にいる何名かが息を飲んだのがわかる。
だがシオンは決してガブリエラから目を離さない。
そこに迷いや苦しみの色があるようであれば決して見逃すわけにはいかないのだ。




