2章-シオンの思惑②-
「では、これで今後の協力関係に関する全ての合意は取れたということでよいかな?」
「いいえ。あとひとつご相談があります」
ディーンから確認の言葉にシオンはきっぱりとノーを伝えた。
軍人たちはシオンに〈アサルト〉の整備権限を与えることで昨日の一件についても話がついたと思っていたのか、ふたつめの話題の存在にディーンの目がわかりやすく鋭くなった。
「……昨日の一件は確かにこちらの落ち度だが、それだけでいくつもの要望を聞き入れるほどこちらも甘くはない」
「でしょうね。けれどこちらも譲れないことがありますから」
ピリピリとした空気が会議室に満ちる中、クリストファーが軽く咳払いした。
「まずは話を聞こう。君の相談とは何かな?」
今までの空気をあえて無視して穏やかに先を促すクリストファー。
彼に正面から向き合いつつ、シオンはまずはシンプルに相談の概要を伝える。
「俺の周囲の人々の身の安全を保証し、手出し無用の指示を出していただきたい」
会議室にいるほとんどの人間がシオンの言葉の意味を理解できていない中、シオンは言葉を続けていく。
「自分はあくまで人間であり、表向きは普通の人間として生き、これまで他者と親交を深めてきました。……しかしながら、俺の正体が露見したことでその友人たちにまで謂れのない悪意が向けられています」
「アンナ・ラステルのように、か?」
「ご存じなら話は早いですね」
ここですぐさまアンナの名前が出てきた時点で、どういう思惑であれ人類軍が彼女をマークしていたことがはっきりした。
であれば、より一層シオンはここで確実に上層部を説き伏せなければなるまい。
「愛すべき友人である彼らに悪意が向くのは、はっきり言って看過できない問題です。よって手出し無用であることを明言していただきたいのです」
「アンナ・ラステルについては把握しているが、他にはどういった人間を対象としてほしいのだ?」
「十三技班の技師全員を」
シオンの返答にディーンは口を閉じて思案している。
クリストファーもシオンのことを見つめつつ思案顔だ。
「シオン・イースタル。君が友人思いであるということはわかったが、その要望に応じることは、むしろ危険ではないのか?」
「どういう意味でしょうか?」
「彼らが君にとって重要であると周知すれば、人質として使われる危険が増すだろう。……それでは弱点を公にするのと同義だ」
大切で守りたいということは、失いたくないということ。
即ちその人物の弱点になり得る。
間違いなくディーンの指摘した通りだ。
それはシオンも理解している。
「周知せずとも日々の振る舞いを見られれば気づかれることです。事実、アンナ戦術長に対してすでにそういった悪意は向いているようですから」
「明言すれば誤魔化しもきかなくなるが?」
「誤魔化したりしませんよ。それに、これは弱点ではありません」
ディーンを見つめながら、シオンは微笑んだ。
次の瞬間、シオンの足元で真っ赤な炎が燃え上がる。
突然の炎と発せられる熱に驚き騒ぎ出す人々を前にシオンは微笑みを絶やさないまま告げる。
「俺には人を傷つける理由はないし、上層部の方々との契約でも人間に手を出さないことに同意するつもりです。……けれど、大切な人たちに手を出されたなら話は別なんですよ」
足元で燃える炎はさらに勢いを増し、まるで蛇のような姿になってシオンの周囲で蠢いている。
その蛇の顎に当たる場所をシオンの手が見せつけるようにそっと撫で上げた。
「彼らの身の安全が脅かされた時点で契約は破綻しますし、そうなったら俺にも人間を殺す理由ができてしまう」
ディーンを真っ直ぐに見つめるシオンの黒い瞳が蠢く炎を反射してゆらゆらと光る。
その目には明確な戦意が宿り、まるで獣の瞳のようだ。
「これは弱点ではなく逆鱗です。俺本人に手を出す分には慰謝料くらいで許しますが、彼らに手出しをすればその時点で命の保証はしないと、しっかりと周知していただきたい」
「……それは脅迫か?」
「交渉ですよ。こうやって絶対に越えてならない一線を先に教えてあげてるんですから」
――その一線を万が一にも越えることがあろうものなら、容赦はしませんけれど。
そう語るかのように炎の蛇は大きく口を開いて周囲を威嚇する。
その直後シオンは炎を完全に消し去り、何事もなかったかのよう微笑んで見せた。
「俺や俺を取り巻く人々にさえ手を出さないなら俺は人類軍の協力者です。協力関係にある相手を害さないなんて当たり前のルールを守れば武力と情報が手に入る。……こんなに美味しい話、なかなかないと思うんですけど?」
不敵に笑うシオンを前にクリストファーはわずかに微笑み、ディーンは真剣な表情でこちらを睨みつける。
それから十数分後、クリストファーとディーンのふたりの合意を皮切りに上層部とシオンの間の契約は全て合意するに至ったのだった。




