8章-ブレイクタイム①-
「それで? これでひとまず真面目な話はおしまいってことでいいの?」
タイチが笑みを浮かべ、なんとなく穏やかな空気が流れ始めた途端にサーシャから気の抜けそうな発言が飛び出した。
「師匠……」
「真面目な話が肌に合わないのはシオンだって一緒でしょ?」
「そりゃそうですけども」
ここまでの話題はイッセイ・ミツルギの最後であったり六年前の真実であったりとかなり真面目でシリアスな内容が続いていた。
そこに茶々を入れるほどサーシャもシオンも空気が読めないわけではないが、そういった空気が苦手なのは事実である。
シオン以上にマイペースなサーシャとしてはそろそろ限界ということなのだろう。
「まあ、ひとまずこっちから話すべきことは全部終わったな」
「それとは別にこっちから聞きたいことはいくらでもあるんですけど……」
タイチの言葉に応じつつ、シオンはアキトにそっと目配せする。
「どちらにしろ、少し休憩を入れましょう。……そちらには申し訳ないが、私たちは少し気持ちを落ち着ける時間をいただきたい」
ある程度予測を立てていたアキトはまだしも他の人類軍メンバーにとって《太平洋の惨劇》に関する内容はとんでもなく重い。しかもミツルギ三兄妹に関しては父親の話題まで加わるのだ。
少しくらい気持ちを落ち着ける時間を設けないと消化しきれないだろう。
「無理もないことだと思います。私たちも急ぐ理由はありませんし、ぜひ休憩を挟みましょう」
アーサーからも無事同意を得られたところで、三十分ほどの休憩を挟むことで話は落ち着いた。
「じゃあとりあえず飲み物と軽食くらいもらってきます?」
「それはお前が食べたいだけ……いや、まあいいだろう。アンナとシオン……あとグレイス君。食堂に行って適当に見繕ってきてくれ」
「あ、私も行きますよ」
「ちょちょ、ちょっと待て!」
アキトに頼まれた三人と自ら動こうとしたガブリエラが食堂に向かおうとした瞬間、レッドが大きな声をあげた。
「なんです? 人間の出すものなんていらないとかそういう?」
「違う! いやそれも気にはなるがそうじゃねえ!」
それからレッドは勢いよくガブリエラへと顔を向けるとイスから立ち上がってガブリエラに跪いた。
「ガブリエラ様、貴女のようなお方がそんな使用人のするようなことをなさるなど……」
「レッドさん。今ここにいる私は一介の騎士でしかないのですよ?」
「それは、肩書きとしては確かにその通りなのでしょうが……だとしてもそれはさすがに……!」
レッドとガブリエラの問答を見つめていると、いつの間にか隣まで来ていたギルが顔を寄せてきた。
「ガブリエラがいいとこのお嬢様なのはわかってたけどさ。俺たちの想像以上にすげー家のお嬢様だったりする?」
「そうっぽい。さっきの話でもなんかやけに王様と王妃様に詳しかったし……」
王政における王と王妃となると、普通の国民であればまず話す機会などもないだろう。
そんな気軽に話すことなどできないはずのふたりの考えなどについて、ガブリエラは随分と詳しかったように思う。
「王族と直接、しかも結構親密に関われるような家柄だったのかもね」
大貴族の娘だとか、あるいは大臣などの要職についている家系の娘だったりしたのかもしれない。
そんな生まれの御令嬢が自立のために騎士になるなど、なかなかの大騒ぎだったのではないだろうかとシオンは彼女の周囲の人々にそっと合掌した。
「とにかく、こうしてお手伝いなどをするのも私の意思によるものです。レッドさんたちは客人として待っていてくれればいいのですよ」
「ガブリエラ様が働いているのに待つだけなど! 他の面子はともかくオレにはできません!」
レッドとしてはどうしてもガブリエラを働かせるのが許容できないらしい。
ただ、自立を目指しているガブリエラはお嬢様扱いされたくないのでレッドの言い分についていい気はしないだろう。
このままでは話が終わらないと察したシオンは非常に面倒ではあるがふたりの間に割って入ることにした。
「あー、ガブリエラ。よくわかんないけどここはそのレッドさんの意見を尊重してあげなよ」
「そうだなー。その人的にはマジで無理みたいだし、人手は三人でも足りるしさ」
「……そうですね。少し意地になってしまいました」
シオンとギルの言葉でガブリエラは折れた。
それによってレッドはほっとしたようだが、シオンとギルを見る目はあまり好意的ではない。
ただそこを気にしているとまた食堂に行けなくなってしまうのでシオンは気づかないふりをすることにした。
「あ、そういえば飲み物のリクエストとかあります? コーヒーか紅茶、あとは緑茶とかしかないですけど」
「お気遣いありがとうございます。全員紅茶で大丈夫です」
「あーでも、ソードの旦那の分はなくていい。食い物の方もな」
「いいんすか? むしろ一番食べたりしそうな体格っすけど」
『問題ナイ。気持チダケ受ケ取ラセテモラウ』
タイチのみならず本人からも不要と言われてギルが不思議そうにする隣でシオンはじっとソードを観察し、おおよその事情を理解した。
「…………そうですね。ソードさんとやらに飲食物はいらなそうです」
「?」
「教官、俺の魔術で転移しますからもうちょっとこっちへ」
ギルをはじめとして〈ミストルテイン〉側の数人が疑問符を浮かべているのをスルーしつつ、シオンはさっさとアンナとギルを連れて共に食堂のすぐそばまで魔術で移動した。




