8章-三兄妹の答え-
「貴方の考えはわかりました。……しかし、私は人類軍を離れるつもりはありません」
タイチの言葉を受けて、少し考え込んだ末にアキトが出した結論はNOだった。
毅然とした態度で答えるアキトに対し、タイチは不満そうな表情を隠さない。
「どうしてだ? こんな戦争で危ない目に遭うなんて冗談じゃねえだろ」
「そうですね。《境界戦争》は馬鹿らしいものなんだと今までの話でわかりました」
「なら、どうして人類軍のままでいようなんて思う? そんなの馬鹿げた戦争で矢面に立たされるだけじゃねえか」
「馬鹿らしいとわかったからこそ、人類軍に残るんです。……《境界戦争》を一日でも早く終わらせるために」
アキトの答えにタイチは目を見開いた。
「人類軍を離れれば《境界戦争》から身を守ることはできるでしょう。しかし、戦い自体が終わるわけではない。……私たちから戦いを遠ざけることができたとしても、どこかで誰かが被害に遭い続ける」
「確かにそうだろうが、お前さんが危ない目に遭う必要はねえだろ」
「必要はありません。でもそれをわかっていて見て見ぬふりなんてできない。……あなたの知る父も、多分そういう男だったんじゃないですか?」
その問いかけにタイチは口を閉ざした。
図星を突かれて何も反論できなかったのだろう。
「あちらの世界の人々と父が手を取り合えたのだというのなら、むしろその意思を受け継いでふたつの世界の和平を目指したい。それを実現するためには人類軍の内側から働きかけていくのが最善でしょう」
人類軍の中にも戦いを望まない勢力は存在する。
その勢力に味方し、今度こそ【異界】との平和的な対話が行われるように働きかけることができれば和平の道は見えてくる。
それは人類軍を離れてしまえば決してできないことだ。
「だから、今人類軍を離れることはできない。それが私の答えです」
堂々とそう言ってのけたアキトにタイチは何も言えないようだった。
何を言ったところでアキトの考えを変えられないと悟ったのだろう。
そのタイチの視線がアキトより後ろにいるハルマへと向かう。
「……俺は、正直まだ色々と混乱してて、アキト兄さんほどちゃんと考えられてはないと思います」
ただでさえ六年前に死んだと思っていた父親が短い期間とはいえ【異界】で生き延び、人外たちと言葉を交わしていたなどどいう驚くべき事実を聞かされ、さらに今まで信じてきたことがウソだったと言われたのだ。混乱していて当たり前である。
「……でも、人類軍を抜けて逃げるのだけは違う」
戸惑いを見せながらも、その言葉ははっきりとした声で発せられた。
「考えることをやめないで進み続けるって俺は決めたから、逃げずに向き合いたい」
その隣に立つナツミも片割れに同意するように強く頷き、タイチへと視線を送る。
「軍から離れて静かに暮らすのは簡単だけど、そうしたら絶対に後悔すると思うんです。危ない目にも遭うだろうし、大変なこともあるだろうけど、あたしは人類軍で自分にできることを探したい」
三兄妹全員、タイチの言葉を受け入れるつもりはないのだと答える。
タイチはそれでもまだ諦められないのか言葉を選ぶように視線を彷徨わせているが、それを傍観していたサーシャがため息をついた。
「もういいんじゃない? 三人とも多分気持ちは変わらないわよ? あと往生際の悪い男ってカッコ悪い」
「うるせぇぞサーシャ! オレだってダセェのはわかってるがなぁ、異世界なんてわけのわからねえところに放り出されたオレたちを守ってくれた恩人の子を、むざむざこんな馬鹿らしい戦争に巻き込めるかってんだ!」
サーシャの横槍にキレるタイチも、彼なりに強い想いがあってアキトたちを止めたいらしい。
双方意思が硬いとなれば、この議論は平行線ということになってしまいかねないが――
『――モウ、イイノデハナイカ?』
長く、それこそ〈ミストルテイン〉に来てから一度も言葉を発していなかったソードがここにきてタイチに語りかけた。
『三人ノ目ニ、言葉ニ、迷イハナイ。ソノ想イヲ、捻ジ曲ゲルベキデハナカロウ』
タイチはそれに反論しようと口を開きかけ、たっぷり五秒ほど迷った末に大きく息を吐き出した。
「わかった。わかったよ。ソードの旦那までそう言うなら諦めますとも」
決して不満がないわけではないが、タイチはこれ以上とやかく言うつもりはなくなったらしい。
「なんつーか、結局のところ三人ともイッセイの旦那の子だったって話か」
「あら、今更気づいたの? どう考えたって、彼の子供たちが世間のことなんて無視して自分たちだけ幸せに暮らせーなんて言って頷くわけないじゃないの」
「そういうことは先に言えよ!」
ケラケラと笑うサーシャと再びキレるタイチ。
すっかり緊張感のログアウトした空気の中、「ともかく!」とタイチがアキトたちに改めて向き直った。
「お前たち三兄妹の親父さんはとんでもなくカッコイイ人で、オレを含めてあの人の船の生き残りはあの人がいたから今こうして生きてられる。……イッセイ・ミツルギってのはそういう立派な男だったってこと、よく覚えといてくれ」
アキトたちがその言葉に頷くのを見て、タイチは大層満足そうに笑みを浮かべたのだった。




